
ハイポテンシャル人材の育成を「放置」すると、将来の経営危機を招く
目次
- 「ハイポテンシャル人材」とは何か
- 「今の成果」と「将来の可能性」は違う
- ハイポテンシャルの3つの要素
- よくある失敗パターン
- 失敗パターン1:「今のパフォーマンス」だけで選ぶ
- 失敗パターン2:「選んだ後のプログラムがない」
- 失敗パターン3:「選んだことを本人に伝えない」
- プロの人事はこう考える:ハイポテンシャル育成の設計
- 「タレントレビュー」の仕組みを作る
- 「ストレッチアサインメント」で成長機会を設計する
- メンタリング・コーチングをセットにする
- 明日からできる3つのこと
- 1. 「3年後の事業に必要な幹部人材」を経営と話し合う(所要時間:60〜90分)
- 2. 「候補者リスト」を3〜5人に絞って特定する(所要時間:2〜3時間)
- 3. 候補者の一人に「成長の機会についての面談」をする(所要時間:60分)
- まとめ:ハイポテンシャル育成は「未来への投資」
- もっと深く学びたい方へ
ハイポテンシャル人材の育成を「放置」すると、将来の経営危機を招く
「優秀な社員はいるが、次のリーダーが育っていない」「将来の経営幹部候補が誰なのか、経営と人事で共有できていない」「ハイポテンシャル人材をどう育てればいいかわからない」——後継者・リーダー育成の問題は、今すぐ顕在化しなくても、5年後・10年後の経営課題になりえます。
ハイポテンシャル人材(High Potential:高い将来性を持つ人材)の育成は、タレントマネジメントの中でも特に重要なテーマです。
ある製造業の人事部長がこんな話をしてくれました。「5年前に、事業部長を担っていた人材が急に退職した。社内を見渡しても、すぐに後を任せられる人材がいなかった。経営から『人事は次のリーダーを育てていなかったのか』と厳しく言われた。その後から、毎年『3〜5年以内に幹部になれる候補者リスト』を作り、一人ひとりの育成計画を立てるようにした。今では経営会議で人材戦略の議論ができるようになった」と。
「困ってから動く」のではなく「先手で次世代を育てる」——この視点が、5年後・10年後の組織の強さを決めます。
今日は、ハイポテンシャル人材の特定と育成の考え方について一緒に考えてみたいと思います。
「ハイポテンシャル人材」とは何か
「今の成果」と「将来の可能性」は違う
ハイポテンシャル人材を考えるとき、「今のパフォーマンスが高い人」と「将来的に大きく成長する可能性がある人」は必ずしも同じではないことを理解することが重要です。
「今の業務で高い成果を出している」ハイパフォーマーと、「今はそれほど際立っていないが、環境・機会が変われば大きく成長できる」ハイポテンシャル人材——これらは重複することもありますが、同一ではありません。
「優秀な個人プレイヤーが、管理職として必ずしも活躍できるわけではない」という現象は多くの組織で起きています。「今の仕事で成果を出す力」と「チームをリードし、組織の成果を最大化する力」は異なるスキルセットが必要だからです。「どんな視点で将来の可能性を見極めるか」を明確にすることが、ハイポテンシャル人材の特定の出発点です。
ハイポテンシャルの3つの要素
ハイポテンシャル人材に共通して見られる特性として、「能力(Ability)」「エンゲージメント(Engagement)」「アスピレーション(Aspiration)」の3つが挙げられることがあります。
能力:高い認知能力(複雑な問題を素早く理解する力)、適応力(新しい状況に素早く対応する力)、学習の速さ(フィードバックを吸収して行動を変える力)
エンゲージメント:仕事・組織への高いコミットメント。「この組織で貢献したい」という内側からのモチベーション
アスピレーション:より大きな役割・責任を求める意欲。「もっと大きなことをやりたい」という向上心
この3つが揃っている人が、ハイポテンシャル人材として長期的に活躍しやすいという考え方です。「能力はあるが会社へのコミットが低い」「意欲はあるが学習力が低い」——いずれか一つが欠けている場合、育成の難易度が上がります。
よくある失敗パターン
失敗パターン1:「今のパフォーマンス」だけで選ぶ
ハイポテンシャル人材の選定で最もありがちな失敗が、「今のパフォーマンス評価が高い人」をそのままハイポテンシャル認定してしまうことです。
「今の仕事」で高い成果を出している人が、「より大きな役割(管理職・経営幹部)」でも同様に活躍できるかどうかは、また別の問題です。「優秀な個人プレイヤー」が「チームをリードするマネージャー」として活躍できるかどうかは、「自分の成果を最大化する能力」に加えて「他者を通じて成果を出す能力」が必要です。
評価だけでなく、「困難な課題にどう対処したか」「新しい環境にどう適応したか」「人との関係をどう築いたか」という行動の観察が、ハイポテンシャルの見極めには重要です。
失敗パターン2:「選んだ後のプログラムがない」
ハイポテンシャル認定をして、「あとは自由に成長してください」という状態になってしまうパターンです。
ハイポテンシャル人材が本当にその可能性を開花させるためには、「意図的な経験の付与(ストレッチアサインメント)」「メンタリング・コーチング」「フィードバックの機会」が必要です。認定だけして育成プログラムがないと、「ハイポテンシャルのリスト」を作っただけになってしまいます。それどころか、「期待されているが何も変わらない」という体験が、優秀な人材の離職につながることもあります。
失敗パターン3:「選んだことを本人に伝えない」
「ハイポテンシャル人材として認定したが、本人には伝えていない」という状態は、育成の機会を失うことにつながります。
本人が「自分がハイポテンシャルとして期待されている」「どんな方向性での成長を期待されているか」を知ることで、自発的な成長意欲が高まります。「何を期待されているかわからないまま働く」より、「期待の方向性がわかって働く」方が、自律的なキャリア設計につながります。透明性を持って伝えることが大切です。
プロの人事はこう考える:ハイポテンシャル育成の設計
「タレントレビュー」の仕組みを作る
ハイポテンシャル人材の特定と育成の出発点は、「タレントレビュー(人材アセスメント会議)」の仕組みを作ることです。
年1〜2回、経営幹部と人事が集まり、「次世代リーダー候補は誰か」「各候補の育成課題は何か」「どんな経験・機会が必要か」「この1年で候補者の成長はどう変わったか」を議論する——この場を作ることで、「ハイポテンシャル育成」が人事だけの仕事ではなく、経営全体の課題として扱われるようになります。
「人事の仕事の質の7〜8割は"知る"の質で決まる」という言葉があります。タレントレビューは、「次世代リーダーを深く知るための場」として機能します。「人事が単独で判断する」より「経営・現場のマネージャーと一緒に議論する」ことで、見落とされていたポテンシャルが発掘されることもあります。
「ストレッチアサインメント」で成長機会を設計する
ハイポテンシャル人材の成長において、最も効果的なのは「ストレッチアサインメント(現在の能力をやや超えた挑戦的な任務)」です。
「今の業務をこなすだけ」では、ハイポテンシャルの人材も成長が停滞してしまいます。「少し難しいが、成長につながるプロジェクトリーダー」「異なる職種・部署との協働が必要なタスクフォース」「経営幹部へのプレゼンの機会」——こういった意図的な経験の付与が、ハイポテンシャル育成の核心です。
「今の役割では絶対に身につかない経験を意図的に与える」という発想が、ハイポテンシャル育成の本質です。偶然の経験を待つのではなく、人事が「この人にはこの経験が必要」という設計者として動くことが重要です。
メンタリング・コーチングをセットにする
ストレッチアサインメントを有効にするためには、「メンタリング」や「コーチング」を同時に提供することが重要です。
「難しい課題を与える→放置する」では、挫折してしまうリスクがあります。「この課題でどんなことが難しかったか」「どう対処したか」「次はどうしたいか」を定期的に対話できる人(メンター・コーチ)がいることで、困難な経験が成長につながります。
社内の経営幹部や上級管理職をメンターとして充てることで、「人脈の形成」「経営視点の学習」「ロールモデルへのアクセス」という副次的な効果も生まれます。
明日からできる3つのこと
1. 「3年後の事業に必要な幹部人材」を経営と話し合う(所要時間:60〜90分)
「3年後に事業をどこに持っていきたいか、そのためにどんな幹部人材が必要か」を経営幹部と話し合う機会を作ってみましょう。「将来に必要な人材像」が明確になることで、「今誰をどう育てるべきか」という育成の方向性が見えてきます。
「今の幹部が定年を迎える時期」「事業拡大のタイミング」「新規事業の立ち上げ予定」——こういった経営の時間軸と人材育成の時間軸を合わせることで、「いつまでに誰を育てるか」という具体性が生まれます。
2. 「候補者リスト」を3〜5人に絞って特定する(所要時間:2〜3時間)
まず小さく始めるために、「3〜5年で経営幹部・部門長になれそうな候補者」を3〜5人に絞ってリストアップしてみましょう。完璧なリストでなくていい。「まず候補を特定してみる」ことが第一歩です。
リストを作ったら、各候補者について「強み・育成課題・必要な経験」を1人1枚の簡易シートにまとめてみましょう。このシートが、タレントレビューの議論の出発点になります。
3. 候補者の一人に「成長の機会についての面談」をする(所要時間:60分)
リストアップした候補者の一人に、「あなたに期待していること」「今後どんな成長機会を一緒に考えたいか」を伝える面談をしてみましょう。「期待されていること」を伝えることが、本人の成長意欲を高める第一歩です。
「自分がどう見られているか」「何を期待されているか」がわからないまま働いている優秀な人材は少なくありません。人事からの「この人に期待している」というメッセージが、キャリアの方向性を変えることがあります。
まとめ:ハイポテンシャル育成は「未来への投資」
ハイポテンシャル人材の育成は、「今すぐに結果が出るもの」ではありません。でも3〜5年後の組織の力を大きく左右する、最も重要な長期投資の一つです。
「小さく始めて、成功事例を作って横展開する」という考え方があります。ハイポテンシャル育成も、まず「3〜5人の候補者に集中して育成する」ことから始め、そこで得た知見をより多くの人材育成に広げていく——この地道な積み重ねが、「次世代リーダーがいる組織」を作ります。
「人事が経営の10年先を見て動く」——これがハイポテンシャル育成において人事に求められる視点です。
もっと深く学びたい方へ
タレントマネジメントと次世代育成を体系的に学びたい方には、「人事のプロ実践講座」がお役に立てるかもしれません。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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