
経営人材育成が「研修プログラム」だけで終わってしまう理由
目次
- なぜ経営人材育成は難しいのか
- 「経営人材」の定義が曖昧
- 現場の責任者が「経営人材候補」を手放したがらない
- 「今の成功体験」が経営人材育成を邪魔する
- よくある失敗パターン
- 失敗①:「経営研修」に行かせれば育つと思う
- 失敗②:候補者に「なぜ選ばれたか」を伝えない
- 失敗③:候補者の「経営経験」が積める仕事をアサインしない
- プロの人事はこう考える
- 知る:「自社が求める経営人材像」を経営陣と対話して定義する
- 考える:「意図的な経験の設計」を行う
- 動く:「経営人材育成委員会」を経営レベルで設置する
- 振り返る:「育成の成果」を数年スパンで検証する
- 明日からできる3つのこと
- 1. 「自社の経営人材像」を一文で書いてみる(30分)
- 2. 「経営人材候補」が今どんな仕事をしているか確認する(15分)
- 3. 経営者に「あなたが経営者として成長した経験は何ですか?」と聞く(30分)
- まとめ
経営人材育成が「研修プログラム」だけで終わってしまう理由
「次世代の経営人材を育てたい」——この課題は、多くの経営者・人事担当者が抱えています。でも「経営者候補向けの研修を実施した」「MBAへの派遣を始めた」という施策だけで「経営人材育成をやっている」という状態になっていませんか。
経営人材は「知識の習得」だけでは育ちません。「経営的な意思決定の経験」「不確実な状況での判断」「組織を動かす実践」——これらを通じて初めて、経営人材としての実力がつきます。
「経営人材育成の成否の8割は、どんな経験を積ませるかで決まる」と言っても過言ではありません。研修はその補助的な役割を果たすものです。
この記事では、経営人材育成が機能するための考え方と、よくある失敗をお伝えします。
なぜ経営人材育成は難しいのか
「経営人材」の定義が曖昧
「将来の経営者を育てる」という目標は共有できても、「自社の経営者として何ができる人が必要か」という具体的な定義がないことが多い。
「事業を創れる人」なのか「組織を束ねられる人」なのか「数字で経営を動かせる人」なのか——自社が求める経営人材像が明確でないと、育成プログラムも的外れになります。「どんな経営者を育てたいか」を経営陣と人事が議論し、具体化することが設計の前提です。
現場の責任者が「経営人材候補」を手放したがらない
経営人材の育成には「現在の職域を超えた経験」が不可欠です。でも、「あの人が異動したら今の部署が回らない」という現実があり、「優秀な人材ほど今の持ち場から動かしにくい」というジレンマが生じます。
「経営人材育成のための異動は損失だ」と感じる現場の管理職がいる限り、本当の意味での経営人材育成は進みません。「経営人材育成は経営の投資である」というメッセージを経営トップが発し続けることが重要です。
「今の成功体験」が経営人材育成を邪魔する
現在の持ち場で高い業績を上げている人材は、「今のやり方が正しい」という成功体験を持っています。この成功体験が、「これまでとは違うスケール・視点での思考」を妨げることがあります。
「現在の仕事で成功しているやり方を捨てて、より大きな視野で考える」という転換が、経営人材育成の難しさの一つです。「成功体験のある人ほど、新しい経営的視点の学びに抵抗感を持つ」という傾向があります。
よくある失敗パターン
失敗①:「経営研修」に行かせれば育つと思う
「MBA取得をサポートしている」「経営者向け研修プログラムに派遣している」という施策を「経営人材育成をやっている」と認識しているケースがあります。
MBA・研修で得られる「知識・フレームワーク・視点」は重要ですが、「経営的意思決定の実践経験」は研修では得られません。「研修で学んだことを実際の経営課題に使う機会」がなければ、知識は使われないまま眠ります。
研修は「実践を支える知識インフラ」として位置づけ、「実践の機会」を主軸に育成を設計することが重要です。
失敗②:候補者に「なぜ選ばれたか」を伝えない
経営人材候補として選抜した人材に、「あなたに期待することは何か」「何のためにこの機会を設けているか」を伝えていないケースがあります。
「なぜ自分が選ばれたのかわからないまま特別なプログラムに参加している」という状態では、本人の意識が高まりません。「期待値の明確な伝達」と「本人のキャリア意向の確認」がセットで必要です。
失敗③:候補者の「経営経験」が積める仕事をアサインしない
「経営人材候補として選抜したが、通常業務と同じ仕事しかさせていない」という状態があります。
経営人材育成に必要な経験: ・P&L責任を持つポジションへのアサイン ・部門横断のプロジェクトリーダー ・新規事業・新市場への挑戦 ・不確実性の高い状況での意思決定経験
「特別なプログラムに参加しているが、仕事の内容は変わっていない」では、経営人材は育ちません。
プロの人事はこう考える
知る:「自社が求める経営人材像」を経営陣と対話して定義する
経営人材育成の設計は、「自社の事業戦略から逆算した経営人材像の定義」から始まります。
「3年後・5年後に自社が必要とする経営者はどんな人か」「自社のビジネスモデルで経営者として成功するために必要な経験・能力は何か」——これらを経営陣と対話して定義することが、育成の方向性を決めます。
「事業を知る」——自社の事業を深く知ることなしに、経営人材育成の設計はできません。人事が事業を知っているからこそ、適切な経験の設計ができます。
考える:「意図的な経験の設計」を行う
経営人材育成の核心は「どんな経験をどの順番で積ませるか」という経験の設計です。
経験設計のフレームワーク: ・幅広い経験(複数の事業・部門・機能を経験する) ・深い経験(一つの領域で本気の成果責任を持つ) ・境界線を超える経験(社外・海外・異業界での挑戦) ・失敗の経験(困難な課題での挫折と立ち直りの経験)
「失敗した経験を持つ人が経営者として成長しやすい」——これは多くの経営者が語ることです。「成功体験だけを積む育成」よりも、「困難と失敗を通じた学び」を設計することが重要です。
動く:「経営人材育成委員会」を経営レベルで設置する
経営人材育成を人事部門だけの取り組みにしない。経営者・役員が直接関与する「経営人材育成委員会」を設置し、「候補者の選定・育成計画のレビュー・次のアサイン」を経営レベルで議論する仕組みを作ることが有効です。
「経営人材育成を経営の優先課題として位置づける」というシグナルを経営トップが発し続けることが、現場の協力を得る鍵になります。
振り返る:「育成の成果」を数年スパンで検証する
経営人材育成の成果は短期間では見えません。「プログラムに参加した人材が、3〜5年後にどんなポジション・役割を担っているか」を追跡することが、育成の質の検証につながります。
「育成プログラムを経験した人材の昇進率・活躍率」を定期的に確認し、「選抜基準・経験設計・支援の仕組み」を改善し続けることが重要です。
明日からできる3つのこと
1. 「自社の経営人材像」を一文で書いてみる(30分)
「自社の次の経営者として必要な人材はどんな人か」を一文で書いてみましょう。役職・年齢ではなく、「どんな能力と経験と意志を持つ人か」という視点で書くことがポイントです。
着手ポイント:「書けない」「曖昧だ」と感じたら、それ自体が「経営と議論すべき課題がある」というサインです。経営幹部との対話のきっかけにしてください。
2. 「経営人材候補」が今どんな仕事をしているか確認する(15分)
現在の経営人材候補リストを確認し、「今の仕事が経営経験を積める内容になっているか」を見てみましょう。「通常業務しか担当していない候補者」がいれば、次のアサインを検討するタイミングです。
着手ポイント:「本人が成長できる仕事の挑戦が与えられているか」という視点で見ると、現状の課題が見えやすくなります。
3. 経営者に「あなたが経営者として成長した経験は何ですか?」と聞く(30分)
現在の経営者・役員に「自分がどんな経験を通じて経営者として成長したか」を聞いてみましょう。「経営者が語る経験談」が、自社の経営人材育成の設計のヒントになります。
着手ポイント:「失敗体験から学んだこと」を特に聞くと、経営人材に必要な「修羅場経験」の種類が見えてきます。
まとめ
経営人材育成は「研修プログラムを用意すること」ではなく、「経営者になる経験を意図的に設計すること」です。
「知識は学べる。でも経験は設計しないと積めない」——人事の役割は、経営人材候補が適切な経験を積めるよう「仕事の場を設計すること」です。そのためには、「自社の経営人材像の定義」と「経営と一緒に育成を推進する仕組み」が不可欠です。
まず「自社が求める経営人材像」を経営と対話して定義することから始めてみてください。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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