雇用契約管理の落とし穴——人事が知っておくべき実務リスク
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雇用契約管理の落とし穴——人事が知っておくべき実務リスク

#採用#経営参画#制度設計

雇用契約管理の落とし穴——人事が知っておくべき実務リスク

「労働条件通知書を出していなかった」「雇用契約書の内容と実際の待遇が異なっていた」——労務トラブルの多くは、こうした雇用契約管理の「基本的な漏れ」から発生します。

採用が増えるほど、雇用契約管理のリスクも増大します。特に非正規雇用(パート・アルバイト・契約社員・派遣)の活用が増えている企業では、雇用形態ごとに異なるルールへの対応が求められ、管理の複雑さが増しています。

この記事では、雇用契約管理における典型的なリスクと、それを防ぐための人事の実務の考え方をお伝えします。


なぜ雇用契約管理でトラブルが起きるのか

「書類の整備」と「運用の実態」のギャップ

雇用契約書・労働条件通知書は形式上整備されていても、「実際の働き方・待遇」と「書類に書かれた内容」が乖離しているケースがあります。

「時間外労働の上限時間が契約書に書かれているが、実態は毎月それを超えている」「職務内容が変わっているが、契約書は更新されていない」——書類は存在するが、運用が伴っていないという状況は多くの企業で起きています。

この乖離が問題になるのは「社員が退職するとき」「労働紛争になったとき」「労働基準監督署の調査が入ったとき」です。平時に問題が顕在化しにくいため、放置されやすいリスクです。

「非正規雇用の契約更新」の管理漏れ

契約社員・パート・アルバイトの雇用契約は有期であり、更新・不更新の管理が必要です。この管理が不十分な場合、「雇い止め」をめぐるトラブルが発生します。

「契約更新を繰り返して5年を超えた」場合、無期転換申込権が発生します(無期転換ルール)。この制度への対応が不十分な企業では、「知らないうちに無期転換の申込権が発生していた」という状況が起きます。

「更新・不更新のルールを契約書に明記する」「更新回数・通算契約期間を管理する仕組みを持つ」ことが、雇い止めトラブルの予防に重要です。

「就業規則と契約書の整合性」の問題

就業規則を変更したが、個別の雇用契約書の内容と整合が取れていないという問題が起きることがあります。

「就業規則で残業手当の計算方法を変更したが、個別の雇用契約書には旧来の計算方法が記載されたまま」——このような矛盾が発生すると、どちらが適用されるかという解釈の問題が生じます。


よくある失敗パターン

失敗1:「最初の契約書で全部終わり」と思っている

入社時に雇用契約書を締結したが、その後の職務変更・給与変更・労働時間の変更などを契約書に反映していないケースがあります。

「口頭で合意した」という主張は、労働紛争になったとき証拠として弱い。「労働条件の変更は書面で合意する」という原則を徹底することが、リスク回避の基本です。

失敗2:「テンプレート雇用契約書」を使い回す

インターネットで入手した雇用契約書のテンプレートをそのまま使い、自社の状況・法改正・特約事項を反映していないケースがあります。

雇用契約書は「使用する時点の法律に準拠していること」「自社の実際の労働条件を正確に反映していること」が求められます。テンプレートの使い回しは、このどちらかが満たされていないリスクを常に抱えています。

失敗3:「パート・アルバイトの契約管理が甘い」

「短時間・短期間の雇用だから」という感覚で、正社員に比べてパート・アルバイトの契約管理が手薄になるケースがあります。

でもパート・アルバイトにも労働基準法・パートタイム・有期雇用労働法の保護が適用されます。「不合理な労働条件の禁止(同一労働同一賃金)」への対応も必要です。雇用形態に関わらず、適切な契約管理が求められます。


プロの人事はこう考える

「雇用契約の棚卸し」を定期的に実施する

プロの人事が雇用契約管理で取り組む最重要施策は、「現在の雇用契約書と実際の労働条件の整合性を定期的に確認する棚卸し」です。

年1回、全ての雇用契約書について「現在の職務・給与・労働時間・就業場所」との整合性を確認します。乖離が生じている場合は速やかに契約書を更新・合意します。

「問題が起きてから対処する」より「問題が起きる前に整備する」という姿勢が、リスク管理の基本です。

「有期雇用の一覧管理」とアラート設定

有期雇用契約の更新・不更新の管理を属人化せず、「一覧管理の仕組み」として整備することが重要です。

「社員名・雇用形態・契約開始日・契約終了日・更新回数・通算期間・無期転換申込権の発生有無」を一覧で管理し、「契約終了3ヶ月前・無期転換権発生3ヶ月前」にアラートが出る仕組みを作ります。

管理の属人化を防ぐことが、「担当者が変わったら管理が抜けた」というリスクを防ぎます。

「労働条件変更の合意プロセス」を標準化する

給与・職務・労働時間などの労働条件を変更する際の「合意プロセスの標準化」が重要です。

「労働条件変更通知書の発行→社員への説明→書面による合意確認→人事記録への反映」というプロセスを標準化し、「変更があった場合は必ずこのプロセスを踏む」というルールを徹底することが、後々のトラブル予防になります。

口頭での合意に頼らず、全ての変更を書面で確認する習慣が「証拠の確保」という観点でも重要です。

「法改正のフォロー」を定期的に行う

労働関連法は頻繁に改正されます。「何年も前に作った雇用契約書のテンプレートを使い続けている」という状況は、現行法に違反している可能性があります。

年1回、「主要な労働法改正のポイント」を確認し、雇用契約書・就業規則・各種規程への反映が必要かを確認することを人事の定期業務として位置づけることが重要です。


明日からできる3つのこと

1. 「現在使用している雇用契約書テンプレート」の作成日を確認する(30分)

今使っている雇用契約書テンプレートがいつ作成・更新されたかを確認してください。3年以上更新されていない場合は、法改正への対応確認が必要なサインです。

2. 有期雇用社員の「通算契約期間」を確認する(1〜2時間)

有期雇用社員の一覧を作成し、通算の契約期間が4年を超えている社員を特定してください。無期転換申込権の発生が近い社員への対応方針を決めることが必要です。

3. 直近1年間の「労働条件変更」を書面確認する(2時間)

直近1年間に給与・職務・労働時間の変更があった社員について、「変更が書面で合意されているか」を確認してください。書面がない変更がある場合は、速やかに書面による確認を取ることが必要です。


まとめ

雇用契約管理は「書類の整備」だけでなく「書類と実態の継続的な整合性の維持」が重要です。

「人事のプロに最も必要な姿勢はしつこさ」——雇用契約管理の徹底は地味な仕事ですが、その積み重ねが「トラブルが起きない職場」を作ります。法律を守ることは「義務」であり、それが「社員への誠実さ」でもあります。


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吉田洋介

人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』

リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。

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