
幹部候補育成プログラムを作る前に知っておくべきこと
幹部候補育成プログラムを作る前に知っておくべきこと
「経営から『幹部候補を育ててほしい』と言われたけど、何から手をつければいいのかわからない」——そんな声を人事担当者からよく聞きます。
幹部候補育成は、多くの企業が「重要だとわかっていて、でも後回しにしている」テーマです。急いで外部プログラムを組んだはいいが、対象者が「なんで自分がこれに参加するのか」と思いながら受けている——そんな空回りも起きやすい領域です。
この記事では、幹部候補育成プログラムを機能させるための設計の考え方と実践をお伝えします。
なぜ幹部候補育成は機能しないのか
構造的原因1:「幹部候補」の定義が曖昧なまま始まる
「幹部候補を育てる」と言っても、「誰が幹部候補なのか」が組織内で共有されていないケースがほとんどです。経営は「あの子とあの子」とイメージを持っていても、人事はその意図を知らない。対象者自身も「なぜ自分が選ばれたのか」「将来どんなポジションに就くことを期待されているのか」を知らない。
この曖昧さの中でプログラムを走らせると、「なんとなく研修に参加している」という状態が続き、成長も変化も生まれにくくなります。
構造的原因2:「すごい研修」に投資するが、日常の仕事との接続がない
著名な講師を呼んだり、高価なリーダーシップ研修に参加させたりすることは決して間違いではありません。でも研修が「非日常体験」のまま終わり、日常業務に戻ると「良い学びがあった」以上のことが起きないケースが多い。
学びが行動変容につながるには「難しい仕事の経験」「振り返りの機会」「支援者(上司・メンター)との対話」が必要です。研修はこれらのサポートにはなりますが、替わりにはなりません。
構造的原因3:経営者がプログラムに関与していない
「人事に幹部候補育成を任せた」という状態では、プログラムの効果が限定的になります。幹部候補を育てるのは経営者・上位職の仕事でもあります。経営者が「この人を幹部にしたい」という意志を持ち、その人の成長に直接関与することが、育成の最大の動機づけになります。
よくある失敗パターン
失敗1:対象者に「なぜ選ばれたか」を伝えない
突然「幹部候補育成プログラムに参加してください」と言われても、対象者は戸惑います。「期待されている」のか「試されている」のか「とりあえず入れられた」のかがわからないと、モチベーションが上がりません。
「あなたに将来こういう役割を期待しているから、このプログラムで〇〇を身につけてほしい」という個別の期待伝達が、参加者の主体性を生みます。
失敗2:同期・同僚で固めた同質なグループ設計
幹部候補同士だけで集まる研修は、安心感はあるものの「挑戦度」が低くなりがちです。異なる年齢・職種・経験を持つメンバーが混じる場の方が、視野が広がり思考が深まります。
外部の幹部候補育成プログラムや、異業種交流の場を組み合わせることで、「自社の常識の外側」に触れる経験を作ることが重要です。
失敗3:プログラム終了後にアウトカムを確認しない
「1年間プログラムを走らせた。以上」では何も変わりません。「このプログラムを通じて、対象者の何が変わったか」「実際の業務でどんな行動変化が起きたか」「次の役割へのアサインはどう変わったか」を確認することで、プログラムの改善と経営への説明が可能になります。
プロの人事はこう考える
知る:幹部候補に必要な3つの経験を理解する
マッキンゼーの研究でも、リーダーの成長の70%は「仕事の経験」から来ることが知られています。20%がコーチング・メンタリング、10%が研修・読書という比率です(70:20:10モデル)。
「仕事の経験」の中でも、幹部候補の成長に特に効果的とされるのは以下の3つです。
①ストレッチアサイン:自分のコンフォートゾーンを超えた難しい仕事の機会。「できるかどうかわからないが、やってみる」という経験が人を大きく成長させます。
②事業の全体責任:P&Lを持つ経験。コスト・売上・人員計画を同時に考える経験は、経営目線の最短経路です。
③多様なステークホルダーとの仕事:社内だけでなく、顧客・パートナー・外部専門家との仕事が視野を広げます。
考える:プログラムの骨格を「経験×振り返り×対話」で設計する
幹部候補育成プログラムの骨格は3つの要素で作ります。
「経験」:ストレッチアサインを年間1〜2件組み込む。プロジェクトリード・新規事業のミニPL・他部門との協働など、「背伸びしなければできない仕事」を意図的に設計します。
「振り返り」:月1回、30〜60分の「振り返りセッション」を設けます。「今月で最も難しかったことは何か」「何を学んだか」「次の月で試したいことは何か」という問いに向き合う時間が、経験を学びに変えます。
「対話」:経営者や先輩幹部との1on1を四半期ごとに設けます。「自分が見えていない盲点を教えてもらう場」と「経営者の思考プロセスに触れる場」として機能します。
動く:小規模から始めるパイロット設計
いきなり10名・2年間のプログラムを設計するのはリスクが高い。まず3〜5名・6ヶ月のパイロットから始めることをおすすめしています。
パイロットで確認すること:対象者の選定基準は適切か、プログラムの負荷は現実的か、経営者の関与をどう設計するか、振り返りの場の進め方は機能するか。これらを確認してから本格展開した方が、失敗のリスクが減ります。
振り返る:「候補者リスト」と実際の幹部登用実績を照合する
3〜5年後に、「幹部候補育成プログラムの卒業生のうち、何%が実際に幹部ポジションに就いたか」を確認します。この数字が低ければ、選定基準かプログラム内容かアサインの機会のどこかに問題があります。数字を追うことで、プログラムの実効性が見えてきます。
明日からできる3つのこと
1. 経営者に「次の幹部は誰か」を聞いてみる(30分)
まず経営者に「3年後・5年後に幹部ポジションに就いていてほしい人は誰ですか?」という問いを投げかけます。その回答の中から、育成対象者の輪郭が見えてきます。この対話なしに幹部候補育成を設計しても、的外れになります。
2. 「ストレッチアサイン候補」をリストアップする(1時間)
社内で「難しいが成長につながる仕事の機会」をリストアップします。新規プロジェクトのリード、経営会議向けの提案、他部門との協働プロジェクト——こういった機会を意図的に候補者にアサインする準備をします。
3. 先輩幹部との対話セッションを1回設計する(1時間)
幹部候補と、今現在幹部ポジションにある方との90分の対話セッションを企画します。「幹部になって最も難しかったことは何か」「どうやって経営目線を養ったか」という問いに先輩が答える場です。この一回の対話が、候補者のキャリアイメージを大きく変えることがあります。
まとめ
幹部候補育成プログラムの成否は、「良い研修を入れたかどうか」よりも「難しい経験の機会を作れたか」「振り返りと対話の場を持てたか」「経営者が関与できたか」にかかっています。
「経営数字からの発想×組織状況からの発想=両利きの人事」という考え方があります。幹部候補育成は、事業を伸ばすために必要な人材を作る経営投資です。その効果を「誰が幹部になったか」「事業に何をもたらしたか」という数字で語れる人事でありたいと思っています。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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