
ステークホルダーマネジメント——人事が経営の「信頼パートナー」になるために
ステークホルダーマネジメント——人事が経営の「信頼パートナー」になるために
「経営には数字で動く話ができない」「現場からは『人事は現実を知らない』と言われる」「他部門と連携したいが、協力してもらえない」——人事担当者として、こんな壁に直面したことはないでしょうか。
これらは全て、ステークホルダーとの関係づくりの問題です。人事の仕事は、一人では完結しません。経営・現場・他部門・社員一人ひとり——多様な利害関係者との信頼を築くことが、人事施策の実効性を左右します。
この記事では、人事担当者がステークホルダーマネジメントを実践するための考え方と方法をお伝えします。
なぜ人事のステークホルダーマネジメントは難しいのか
構造的原因1:人事の「利害関係者」は特殊に多い
多くの業務は、限られた関係者との仕事です。でも人事の仕事は、全社員・全部門・経営・採用候補者・外部パートナーが関係します。ステークホルダーの数と多様性が、他部門より格段に多い。
それぞれのステークホルダーが「人事に期待すること」は異なります。経営は「事業成長への貢献」を期待し、現場は「すぐに使える支援」を期待し、社員は「公平な処遇」を期待する。この期待のズレが、人事への不満の根本にあります。
構造的原因2:人事は「権限がなくて影響力だけ必要」な立場
人事は、現場のマネージャーに「部下を評価してほしい」「採用に協力してほしい」「1on1を実施してほしい」とお願いする立場です。でも現場マネージャーを直接評価する権限は持っていないことが多い。
権限なしに影響力を発揮するには、信頼関係が唯一の通貨です。「この人事担当者の言うことは意味がある」と感じてもらえる関係を積み重ねることで、協力を引き出せます。
構造的原因3:「人事 vs. 現場」という対立構造が生まれやすい
「人事が作った制度が現場に合わない」「人事は理想論を言うが現場は違う」——こういった対立が根深い組織では、どんな良い施策を打っても「人事のやること」として冷たく見られます。
この対立を生むのは多くの場合「一緒に考える」プロセスがないことです。現場を「施策の受け手」として扱うのではなく「共同設計者」として巻き込む姿勢が、対立を協力に変えます。
よくある失敗パターン
失敗1:経営への報告が「活動の報告」になっている
「今月は採用〇名、研修〇件実施しました」という活動報告は、経営にとって「人事が何をしているか」の確認にはなりますが、「人事が事業の役に立っているか」の判断には使えません。
経営が聞きたいのは「事業にどんな価値をもたらしたか」です。活動量ではなく成果と貢献度を語る言語への転換が必要です。
失敗2:現場のマネージャーを「頼みごとをする相手」としか見ていない
「今月の面談をしてください」「アンケートに回答してください」「研修に参加させてください」——こういった一方的な依頼が続くと、現場マネージャーの中で人事は「お願いをしてくる部署」という認識になります。
逆に「現場の課題を先に聞きに行く」「現場のマネージャーを助ける姿勢を見せる」という関係が積み重なると、「人事に頼みたいと思う」関係に変わります。
失敗3:「全員に同じメッセージ」を送る
全社に同じメールを送って「伝えた」としてしまうパターンです。経営が聞きたいこと・現場マネージャーが聞きたいこと・一般社員が聞きたいことは異なります。ステークホルダーに合わせたコミュニケーション設計が大切です。
プロの人事はこう考える
知る:ステークホルダーマップを作る
まず「自分の仕事に関わる主要なステークホルダー」を整理します。
分類の軸:
- 影響力(自分の仕事への影響が大きい人)×関与度(自分の仕事への関与頻度が高い人)
- この2軸で4象限に分類すると「最も時間と関係投資をすべきステークホルダー」が見えてきます。
人事の場合、典型的な主要ステークホルダーは:①経営陣(特にCEO・CHRO)、②事業部長・部門長、③現場マネージャー群、④人事部内の同僚・上司、⑤社員代表・労働組合——この5グループが多くの場合、重要な関係です。
考える:ステークホルダー別の「何を伝え、何を聞くか」を設計する
①経営:伝えることは「人事施策の事業への貢献」「人材・組織のリスク情報」「中長期の人事戦略の方向性」。聞くことは「今期の事業課題・優先事項」「人事に期待すること」。
②現場マネージャー:伝えることは「制度の活用方法・意図」「チームを助けるリソース」。聞くことは「現場で感じている人事課題」「制度の使いにくい点」「社員の状況」。
③一般社員:伝えることは「制度・方針の目的と概要」「自分のキャリアに関する情報」。聞くことは「働き方への満足度・不満」「制度への理解度・活用状況」。
動く:「信頼預金」を意識的に積む
ステークホルダーとの関係は「信頼預金」の残高で動きます。普段から「この人の役に立った」という体験を積み上げることで、いざ「協力してほしい」というときに動いてもらえます。
信頼預金を積む具体的な方法:
- 現場マネージャーの困りごとを定期的に聞きに行く
- 求められる前に「これが使えそうです」という情報を届ける
- 小さな約束を確実に守る(「確認してご連絡します」を必ず返す)
- 相手の仕事の成果を認め、伝える
振り返る:ステークホルダーとの関係を半年ごとに振り返る
「この人との関係は良好か」「どんな信頼があって、どんな信頼が欠けているか」を半年ごとに振り返ります。「この関係を改善するために何をするか」のアクションを持つことで、関係づくりが意図的になります。
明日からできる3つのこと
1. 「最も関係を深めるべきステークホルダー」を1人選ぶ(15分)
自分の仕事の成果に最も影響を与えるステークホルダーを1人選びます。次の1ヶ月でその人との関係を深めるために何ができるかを考えます。
2. 現場マネージャー1人に「現場の困りごと」を聞きに行く(30分)
「最近、現場でどんなことに困っていますか?」という聞きに行く姿勢を示す30分の対話を設けます。「何かお願いをしに来た人事」ではなく「現場を理解しようとしている人事」という印象を作る一歩です。
3. 経営への次の報告に「事業への貢献」の視点を一つ加える(1時間)
次の経営報告の前に「今回の報告に、事業への影響・貢献を語れる要素が入っているか」を確認します。一つでも「この人事施策によって、〇〇という事業上の効果が期待できます」という話を入れることで、経営との対話の質が変わります。
まとめ
ステークホルダーマネジメントは「政治的なスキル」ではなく「信頼関係の設計スキル」です。誰が何を求めているかを理解し、それに応えながら人事本来の目的——事業と人材の成長——に向けて場を動かすことが、人事のプロとしての仕事です。
「30年埋まっていない経営と人事の溝を埋める」という言葉があります。この溝を埋めるのは、制度でも施策でもなく、一人ひとりのステークホルダーとの信頼の積み重ねです。小さな信頼を、着実に積んでいきましょう。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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