
異動意向調査を「形式」ではなく「対話の起点」にする
異動意向調査を「形式」ではなく「対話の起点」にする
「異動希望を出しても、何も変わらない」——この言葉を、自己申告制度や異動意向調査を実施している会社の社員から聞くことがあります。
調査票を配り、回収して、ファイリングして終わり。人事がそれを活用できていないと、「どうせ見てもらえない」という空気が広まり、次年度の回答率が下がる。気づけば「やっていることになっている」だけの形骸化した制度になっています。
異動意向調査や自己申告制度の目的は、社員のキャリア希望を把握し、配置・育成・採用計画に活かすことです。「情報収集の儀式」ではなく「社員のキャリアとの対話の起点」として設計し直すことが、制度を機能させる鍵です。この記事ではその具体的な方法をお伝えします。
なぜ異動意向調査は機能しないのか
構造的原因1:回答が「建前」になっている
「異動を希望しても叶わないことはわかっている」「希望を書くと上司に伝わって評価に影響するかもしれない」——こういった不安から、本音ではなく「今のところに留まります」「どこでも構いません」という建前の回答が増えます。
本音が集まらない調査では、実際のキャリア意向が把握できず、配置・育成計画の材料にならない。「調査したが何もわからなかった」という結果になります。
構造的原因2:「回答した後」が設計されていない
「回答を受け付けました」で終わる調査は、社員にとって「なぜ答えたのか」がわからない体験になります。異動希望を出したが、1年間何のフィードバックもない。面談もない。——これが続くと、制度への信頼が失われます。
調査と「その後の対話・フォロー」がセットで設計されていなければ、調査は機能しません。
構造的原因3:「配置権限を持つ人」に情報が届かない
収集した意向情報が人事部門内で止まっており、実際の配置決定権限を持つ事業部長・経営に届いていないケースがあります。人事が把握していても、配置を動かす人が知らなければ、意向は反映されません。
よくある失敗パターン
失敗1:フォーマットが「チェックボックスだけ」
「希望部門:□営業 □人事 □経営企画……」というチェックボックス形式だけの調査は、社員の意向の「量」はわかっても「質」がわかりません。「なぜその部門に行きたいのか」「今の仕事で何が充実していて、何が物足りないのか」という背景が見えなければ、配置の意思決定に活かせません。
失敗2:「全員同じ扱い」で活用できない
500人分の自己申告書を全部同じように扱おうとすると、処理が追いつかず、結局「ファイリングして終わり」になります。「強い意向を持つ人」「移動可能な状態にある人」「育成上の転換点にある人」などに優先度をつけて対話するという設計が必要です。
失敗3:上司へのフィードバックがない
異動希望を出した社員の上司が、その事実を知らないまま評価・配置の議論をするケースがあります。社員が「もう別の部署に行きたい」と思っていても、上司が知らなければケアができません。「調査した結果を上司にどう伝えるか」のプロセスが必要です(ただし社員のプライバシーへの配慮を忘れずに)。
プロの人事はこう考える
知る:異動意向調査の「3つの目的」を分けて考える
異動意向調査には3つの目的があります。
①配置計画の材料:どの社員がどの方向に動きたいか、どの部門に人が集まりやすいかを把握する。
②エンゲージメント管理:「今の仕事に不満を感じていないか」「もっと挑戦したい意欲があるか」を把握し、放置すれば離職につながりそうな兆候を早期発見する。
③キャリア開発の起点:社員が自分のキャリアを考える機会を年1回提供する。「3年後にどんな仕事をしていたいか」を考えてもらうことで、キャリアオーナーシップの醸成に繋げる。
目的によって、設計する質問・フォロー方法・活用先が変わります。1つの調査で3つの目的を同時に達成しようとすると、焦点が定まらない調査になります。
考える:「対話を生む」フォーマット設計
異動意向調査を「対話の起点」にするには、フォーマットに「記述式の問い」を含めます。
例:「今の仕事で最もやりがいを感じていることは何ですか?」「3年後にどんな仕事・ポジションにいたいですか?」「今の仕事で成長しているが、もっと挑戦したいことはありますか?」
これらの問いへの回答は、上司との1on1や人事面談で「話を深める材料」として使えます。チェックボックスだけでは生まれない対話が、記述式の問いから始まります。
動く:「意向が強い上位20名」に面談する設計
全員に同じ対応をするのは現実的でないため、「特に強い意向を持つ人」「育成上の転換点にある人」「離職リスクが高そうな人」に優先的に面談を設定します。
面談の設計:①「なぜそのキャリアを考えているのか」を聞く。②「今の会社・職場で実現できる可能性があるか」を一緒に考える。③「今できるアクション」を一緒に決める(すぐに異動できなくても、育成機会・社内公募への案内ができる)。
この「意向を聞いた後のフォロー」があることが、制度への信頼につながります。
振り返る:翌年の回答率と記述内容の変化を確認する
異動意向調査の「質」を測る指標として:回答率の変化(「どうせ変わらない」感が広まると下がる)、「どこでも構いません」という回答の比率(建前の答えが増えていると形骸化のサイン)、具体的な希望部門・キャリア方向を書いた割合(本音の開示が増えると制度が機能している証)を追跡します。
明日からできる3つのこと
1. 昨年の自己申告書・異動意向調査の結果を「活用できていたか」振り返る(1時間)
直近の調査結果が、実際の配置・育成計画にどう反映されたかを振り返ります。「集めたが使えていない」なら、活用プロセスの設計から見直す必要があります。
2. 次回の調査に「記述式の問い」を3つ加える(30分)
「今後のキャリアで挑戦してみたいこと」「今の職場で充実していること・物足りないこと」「3年後の自分のイメージ」——この3問を追加するだけで、対話の材料が大きく増えます。
3. 「強い意向を持つ社員」との面談を1件設定する(この1週間)
前回の調査で「強い異動希望」や「変化への意欲」を示していた社員を1名選び、30分の面談を設定します。「あなたの希望を聞かせてください」という一歩が、制度への信頼を回復する最初のアクションです。
まとめ
異動意向調査は「やること自体」が目的ではありません。社員が自分のキャリアについて考え、人事・上司との対話が生まれ、配置・育成に活かされる——このサイクルが回ることで、制度が「会社の文化」になります。
「小さく始めて横展開する」という考え方は、ここにも当てはまります。全社を完璧に変えようとするより、「今年は意向が強い20名に面談する」という一歩が、翌年の制度の信頼を高めます。社員のキャリアを真剣に聞く姿勢が、会社への信頼を積み上げます。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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