
長時間労働対策を「数字の改善」ではなく「文化の変革」にする
長時間労働対策を「数字の改善」ではなく「文化の変革」にする
「月80時間超の残業が続いている部門がある」「36協定の上限ギリギリまで残業させている」——この状況を人事として知りながら、何から手をつければいいかわからない。そういった悩みを抱えている人事担当者は少なくありません。
長時間労働対策は「残業時間を減らせ」という号令だけでは動きません。「業務量を変えずに時間だけ削れ」という圧力は、サービス残業(記録しない残業)を増やすだけです。
本当の意味での長時間労働対策は、「業務の見直し」「文化の変革」「仕組みの整備」が三位一体で進むことで初めて機能します。この記事では、人事として長時間労働対策をどう設計・推進するかをお伝えします。
なぜ長時間労働対策は難しいのか
構造的原因1:「残業=頑張っている」文化
「残業している人の方が評価される」「定時に帰ると楽をしていると見られる」——この文化が残っている組織では、時間削減の号令をかけても、表向きの残業時間は減っても実態は変わらないことが多い。
文化の変革には、「管理職が率先して定時に帰る」「成果で評価するという評価基準の明文化」「残業ゼロの人が評価される事例を作る」——という地道な積み重ねが必要です。
構造的原因2:業務量の構造的な過多
一人当たりの担当業務が多すぎるため、全員が残業しなければ回らない。この状態では個人の努力で解決できません。
業務の棚卸し(全業務の洗い出し)→優先度の整理(やらなくていいことの削除)→リソースの再配分(業務の集中と分散の設計)——というプロセスなしに残業削減は達成できません。
構造的原因3:法的義務の理解が不十分
「36協定の特別条項」「時間外・休日労働の上限規制」「高度プロフェッショナル制度の適用要件」——労働時間に関する法的義務は複雑で、実務担当者が全て把握しているとは限りません。法的リスクへの認識不足が、対策の優先度を下げています。
よくある失敗パターン
失敗1:「残業申請制」を導入して終わり
「残業する場合は事前申請必須」というルールを導入しても、「申請が面倒で、申請せずに残って仕事をする」という行動が生まれます。申請制は「記録の整備」には有効ですが、「実際の残業時間の削減」にはなりません。
失敗2:管理職に「部下の残業を減らせ」と言うだけ
管理職に「部下の残業を減らしてください」と指示するだけでは、管理職が「どうやって減らすか」の方法を持っていない場合、結果につながりません。管理職に対して「業務量の見直し方」「タスクの優先順位の付け方」「部下への権限委譲の方法」という具体的なスキルを提供することが必要です。
失敗3:月末・月初だけ「時短スパート」をかける
「今月の残業が36協定に近い」という月末に「今週は残業禁止」という指示を出す対処療法は、根本解決になりません。翌月に帳尻を合わせるように業務が集中し、長期的には改善しません。
プロの人事はこう考える
知る:長時間労働のリスクを「3つの次元」で把握する
長時間労働のリスクには3つの次元があります。
①法的リスク:36協定違反・過労死認定・労基署の調査・是正勧告・書類送検。労働基準法上の罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)。特に上限規制(月45時間・年360時間、特別条項でも月100時間未満)の遵守は義務です。
②人材リスク:過重労働による優秀な社員の離職・メンタルヘルス不調者の増加・採用力の低下(求職者の「残業が多い会社」という評価)。
③生産性リスク:長時間労働は短期的には業務量をこなせるように見えるが、疲弊による生産性低下・ミスの増加・創造的思考力の低下という副作用が出る。「短時間で成果を出す組織」の方が、長期的には高いパフォーマンスを実現できます。
考える:「業務棚卸しと優先度整理」を仕組みとして設計する
長時間労働の根本原因の多くは「業務量の過多」です。この問題を解決するには「業務棚卸し」が不可欠です。
部門単位での業務棚卸しのステップ:①部門内の全業務・タスクをリストアップする。②各タスクの「事業価値」と「頻度・時間」を確認する。③「やらなくていい業務」「自動化・標準化できる業務」「他に移管できる業務」を特定する。④削減・移管後の適正な業務量を設計する。
人事は「業務棚卸しのフォーマットと方法」を提供し、各部門での実施を支援する役割を担います。
動く:高残業部門への「業務改善プロジェクト」の立ち上げ
残業時間が特に多い部門(月40時間超)をターゲットに、「業務改善プロジェクト」を立ち上げます。
プロセス:①部門長・メンバー・人事の3者でキックオフ(目的の共有)。②1週間の業務内容・時間の記録(「タイムログ」の収集)。③タイムログの分析(何に時間がかかっているか・削減できる業務はないか)。④改善施策の立案と実行。⑤1ヶ月後の効果確認。
このプロセスを「人事が伴走する形」で進めることで、部門任せにしない対策が可能になります。
振り返る:36協定の実績を月次でモニタリングする
月次で全部門の「時間外労働時間の実績」を集計し、36協定の上限に近い部門を早期にキャッチします。「残業が多い部門のランキング」を経営会議で開示することも、改善の動機づけになります。
透明性のあるモニタリングが、「知らなかった」問題を「見ていた・対応した」問題に変えます。
明日からできる3つのこと
1. 今月の全部門の残業時間集計を確認し、上位3部門を把握する(30分)
勤怠システムから今月の部門別残業時間を集計します。上位3部門が把握できたら、それぞれの部門長に「現状認識の確認」の場を設けます。
2. 36協定の現状(特別条項の使用状況)を確認する(1時間)
現在の36協定の内容と、過去3ヶ月の特別条項適用実績を確認します。「上限の何%まで使っているか」を数値で把握することが、リスクの可視化につながります。
3. 一つの部門で「不要な会議をなくす」アクションを提案する(この1週間)
残業の多い部門の部門長に「週1回の定例会議を月1回に変える」「参加者を絞る」「30分会議を15分に短縮する」という提案を一つします。小さな業務改善の成功体験が、「変えられる」という文化の変化を生む出発点になります。
まとめ
長時間労働対策は「残業禁止令」だけでは解決しません。業務量・評価基準・文化・法的コンプライアンス——この4つを同時に変えていくことが、本当の意味での「長時間労働からの脱却」につながります。
「人にとって良いから」だけでなく「生産性・採用力・法的リスクという経営数字」からも長時間労働対策の価値を語ることが、経営を動かす人事の言葉です。「健康経営は経営課題だ」という認識を経営と共有することが、対策の第一歩です。
労務管理と長時間労働対策を実践で学びたい方へ
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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