
社内大学を作りたいと思ったとき、最初に考えるべきこと
目次
- なぜ社内大学はうまくいかないことがあるのか
- 「社内大学を作ること」が目的になる
- 現場からの「また人事の研修か」という壁
- 継続の仕組みがない
- よくある失敗パターン
- 失敗①:コース設計が自社の課題と乖離している
- 失敗②:インプットに偏ってアウトプットがない
- 失敗③:特定の人だけが使う
- プロの人事はこう考える
- 知る:自社の学習課題を正確に把握する
- 考える:小さく始める設計
- 動く:現場と一緒に設計する
- 振り返る:学習の効果を「行動変容」で測る
- 明日からできる3つのこと
- 1. 自社で最も緊急な「学習ニーズ」を一つ特定する(60分)
- 2. 社内の「知識の宝庫」を見つける(30分)
- 3. 既存の研修を「社内大学化」できるか検討する(30分)
- まとめ
社内大学を作りたいと思ったとき、最初に考えるべきこと
「社内大学を作りたい」——この言葉を経営層や人事担当者から聞くことが増えています。「研修費用を使っているのに行動変容が起きない」「外部研修に頼りすぎている」「自社の強みを次世代に伝える仕組みが欲しい」——そんな課題意識の延長線上に、「社内大学」という発想が浮かぶことが多いようです。
社内大学(コーポレートユニバーシティ)は、企業内での体系的な学習プログラムを設計・運営する仕組みです。GEやマクドナルドの「ハンバーガー大学」は有名ですし、日本でも大手企業を中心に取り組みが広がっています。
ただ、社内大学を設立すること自体を目的にしてしまうと、「立派な仕組みを作ったが、誰も使わない」という結果になることがあります。社内大学は「箱」を作ることではなく、「自社の事業と人材成長をつなぐ学習体験を設計すること」だと思っています。
この記事では、社内大学の設立でつまずきやすいポイントと、成功に近づくためのアプローチをお伝えします。
なぜ社内大学はうまくいかないことがあるのか
「社内大学を作ること」が目的になる
社内大学の設立検討が始まると、「どんなコースを作るか」「どんな講師を呼ぶか」「どんなシステムを使うか」という「手段の設計」に議論が集中することがあります。
でも最初に問うべきは「なぜ社内大学が必要なのか」「どんな事業課題・人材課題を解決したいのか」です。「研修の充実」や「学習文化の醸成」はそれ自体が目的ではなく、事業の成長や人材の活躍という目的を達成するための手段です。
「手段ありきで人事を動かしてはいけない」という考え方があります。社内大学の設計も、まず「解決したい課題は何か」という問いから始めることが重要です。
現場からの「また人事の研修か」という壁
社内大学のプログラムを作っても、現場から「また人事が組んだ研修か」と冷めた目で見られてしまうことがあります。「自分たちの仕事に関係ない」「業務が忙しいのにそんな時間はない」という声が上がり、参加率が低迷する。
この壁の根本原因は、社内大学の設計に現場の声が反映されていないことにあります。人事が「いいプログラムのはず」と思って作っても、現場が「自分ごと」と感じないと機能しません。
継続の仕組みがない
社内大学を立ち上げた最初は熱気があっても、時間が経つと参加率が下がっていく。担当者が変わると運営が止まってしまう——こういうことが起きやすいのも、社内大学の課題です。
持続可能な社内大学を作るには、「誰が運営するか」「リソースをどう確保するか」「どう評価するか」という仕組みを最初から設計する必要があります。
よくある失敗パターン
失敗①:コース設計が自社の課題と乖離している
「マネジメントスキル」「コミュニケーション力」「問題解決」といった一般的なコースを揃えても、「自社のこの課題を解決するために必要な学習」に直結していないと、学習効果が組織変化に結びつきません。
社内大学のコース設計は、「この学習によって、どんな行動変容が起き、どんな事業成果につながるか」というロジックモデルから設計することが重要です。
失敗②:インプットに偏ってアウトプットがない
授業・講座・動画教材のインプットは充実していても、「学んだことを実際に使う場」が設計されていないと、研修直後の満足度は高くても行動変容は起きません。
研修の効果を高める有名な法則に「70-20-10の法則」があります。70%は実際の仕事の経験から、20%は他者との対話から、10%は研修・教材から学ぶ。社内大学のプログラムも、「実践の場」と「対話の場」をセットで設計する必要があります。
失敗③:特定の人だけが使う
社内大学が「役職者向け」「選抜された高ポテンシャル人材向け」だけになってしまい、組織全体の学習文化につながらないことがあります。
もちろん、リーダーシップ開発などは選抜型で行うことも有効です。ただ、「全員がアクセスできる学習の機会」と「選抜型の高度なプログラム」のバランスを設計することが、社内大学の持続的な価値を生み出します。
プロの人事はこう考える
知る:自社の学習課題を正確に把握する
社内大学の設計を始める前に、「今自社で最も不足している能力・知識は何か」を組織の実態から理解することが第一歩です。
人材サーベイの結果、退職理由の分析、現場マネジャーへのヒアリング、事業計画との照合——これらを通じて「組織が本当に学ぶべきこと」を特定します。「人事の仕事の質の7-8割は"知る"の質で決まる」という考え方のもと、まず「自社の学習ニーズ」を深く知ることが、社内大学設計の質を決めます。
経営数字との接続も重要です。「この能力不足が、売上・コスト・リスクにどう影響しているか」を整理することで、社内大学への投資の優先順位が見えてきます。
考える:小さく始める設計
大規模な社内大学を一気に立ち上げようとせず、まず「一つの学習プログラム」を丁寧に設計・実施・改善することをおすすめしています。
例えば、「新任マネジャー向けの3ヶ月プログラム」を最初の取り組みとして設計する。座学インプット20%、ケーススタディ30%、実務での適用と振り返り50%という設計で、行動変容と事業効果を追う。成果が見えたら、そのプログラムを横展開し、徐々に体系化していく。
「小さく始めて、成功事例を作って横展開する」——このアプローチが社内大学の設計でも有効です。
動く:現場と一緒に設計する
社内大学のプログラムを人事だけで設計するのではなく、現場のマネジャーや実務のエキスパートを「社内講師」として巻き込むことが重要です。
現場のリアルな知識や経験を学習コンテンツとして体系化することが、社内大学の最大の強みです。外部研修では教えられない「自社のやり方」「自社の成功パターン」を次世代に伝えることが、社内大学にしかできない価値です。
また、現場マネジャーが設計に関わることで、「社内大学の学習を現場で活用しやすい環境」が生まれます。「私たちが作ったプログラムだ」という当事者意識が、学習の文化的な基盤になります。
振り返る:学習の効果を「行動変容」で測る
社内大学の評価指標を「参加者数」「満足度スコア」だけに置くのではなく、「受講後の行動変容」を測ることが重要です。
「受講前後で何が変わったか」「学んだことを実際に仕事で使えたか」「チームにどんな変化があったか」を3ヶ月後・6ヶ月後に追跡することで、学習と事業成果の接続が見えてきます。
明日からできる3つのこと
1. 自社で最も緊急な「学習ニーズ」を一つ特定する(60分)
現場マネジャー2〜3人に「今一番チームに必要な能力は何ですか?」を聞いてみましょう。その答えが、社内大学の最初のプログラムを設計するヒントになります。
着手ポイント:「研修で何を学びたいか」を聞くと「よりよいコミュニケーション」などの一般的な答えが返ってきやすいです。「今抱えている業務上の課題は何か」と聞く方が、本当のニーズに近づきやすいです。
2. 社内の「知識の宝庫」を見つける(30分)
自社の中に「この人の経験・知識を組織全体に伝えたい」という方はいませんか?ベテランの営業担当者、技術力の高いエンジニア、長年現場を支えてきたマネジャー——こうした方々が持つ「暗黙知」を社内大学のコンテンツとして体系化することが、社内大学の独自価値になります。
着手ポイント:まずその一人を特定して、「あなたの知識を後輩に伝えるプログラムを一緒に作れませんか?」と声をかけることから始めましょう。
3. 既存の研修を「社内大学化」できるか検討する(30分)
すでに実施している研修がある場合、それを「社内大学の一コース」と位置づけて、「前後のプログラムとつなぐ設計」を考えてみましょう。既存の研修をゼロから作り直す必要はありません。まず「今あるもの」を体系化することが出発点です。
着手ポイント:既存研修の一覧を作り、「これはどんな能力開発を目的にしているか」を整理するだけでも、社内大学の設計の出発点になります。
まとめ
社内大学は、作ること自体が目的ではありません。「自社の事業を伸ばすために、どんな人材が必要で、どんな学習体験がその成長を支えるか」を設計することが本質です。
「すべての組織に人事のプロを」という考え方があります。社内大学は、その理想を実現するための重要な仕組みの一つです。まず一つの小さなプログラムから始めて、成功事例を積み上げながら体系化していく。その積み重ねが、組織の学習文化を育てていきます。
最初から完璧な社内大学を目指さなくていいと思います。小さく始めて、使われながら磨かれていく。それが本当に機能する社内大学の育て方だと思っています。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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