
「あの人しかわからない」を放置すると、組織の成長に上限ができる
目次
- なぜナレッジマネジメントは機能しないのか
- 「記録すること」が目的になる
- 知識を共有するインセンティブがない
- 暗黙知は言語化が難しい
- よくある失敗パターン
- 失敗①:ツールを導入して終わり
- 失敗②:一部の人だけが共有する
- 失敗③:アーカイブが溜まって検索できない
- プロの人事はこう考える
- 知る:組織の「知識リスク」を把握する
- 考える:「伝わる形」を設計する
- 動く:まず「知識の棚卸し」から始める
- 振り返る:ナレッジが「使われているか」を確認する
- 明日からできる3つのこと
- 1. 組織の「一人しかわからない」を3つ特定する(30分)
- 2. 次のプロジェクト終了時に「振り返りメモ」を作る(30分)
- 3. 一人のベテランに「インタビュー」してみる(60分)
- まとめ
「あの人しかわからない」を放置すると、組織の成長に上限ができる
「この仕事、〇〇さんしかできないんですよ」——こういう状況、あなたの組織にもあるのではないでしょうか。
特定の人にしかわからない業務プロセス、特定のマネジャーだけが持っているクライアントの関係性、長年の経験で培われた「勘」と「コツ」——こうした暗黙知が個人に集中している状態は、一見「その人が優秀」に見えますが、実は組織としてはリスクです。
その人が休んだとき、異動になったとき、退職したとき、組織は止まります。あるいは、その人の経験を活かした新しい展開ができないまま、組織が成長の上限を超えられない状態になります。
ナレッジマネジメント(知識管理)は、組織内に散在している「知識・経験・ノウハウ」を収集・整理・共有・活用する仕組みのことです。「個人の頭の中にある知識」を「組織の資産」に変えることが目的です。
ただ、ナレッジマネジメントに取り組んで「ドキュメントが増えたが使われない」「マニュアルを作ったが読まれない」という結果になることも多い。この記事では、なぜナレッジマネジメントは機能しにくいのか、そしてどうすればうまく機能するのかをお伝えします。
なぜナレッジマネジメントは機能しないのか
「記録すること」が目的になる
ナレッジマネジメントの取り組みとして、「全業務のマニュアルを整備する」「社内wikiを作る」「ナレッジ共有ツールを導入する」という形で始まることが多いです。
でも、マニュアルやwikiを作ること自体が目的になってしまうと、「誰も読まないドキュメントが蓄積されていく」状態になります。人は「使いそうな情報」にしかアクセスしません。「必要なときに必要な知識がすぐ見つかる」状態を作ることが、ナレッジマネジメントの本当の目的です。
「手段ありきで人事を動かしてはいけない」という考え方があります。まず「なぜ知識を共有する必要があるのか」「どんな場面でその知識が使われるのか」という問いから始めることが重要です。
知識を共有するインセンティブがない
「自分のノウハウを共有したら、自分の価値が下がる」と感じる人がいます。特に、個人の専門性を軸にしたキャリアを歩んでいる方にとって、「自分しか知らない」という状態は一種のセキュリティです。
また、「知識を共有する時間をとること」は、日常業務の外の作業として位置づけられることが多い。忙しい中で「マニュアルを書いてください」と言われても、優先されにくいのは当然です。
知識共有が「評価される行動」として組織の中に位置づけられていないと、ナレッジマネジメントは「やってほしいこと」であっても「実際にやること」にはなりません。
暗黙知は言語化が難しい
長年の経験で培われた「勘」や「コツ」は、言語化が難しい場合があります。「なんとなくこのクライアントはこう動く気がする」「この状況ではこの判断が正しい」という感覚的な知識は、本人も意識していないことが多い。
暗黙知を形式知(文書化できる知識)に変換するプロセスには、インタビューや対話が必要です。「書いてください」とお願いするだけでは限界があります。
よくある失敗パターン
失敗①:ツールを導入して終わり
「社内Wikiツールを導入した」「社内Slackにナレッジチャンネルを作った」——でも3ヶ月後にはほとんど投稿がない。こういう状況はよくあります。
ツールは「知識が共有されやすくなる環境」を作りますが、「知識を共有する文化」は作りません。ツールを入れる前に、「なぜ共有するのか」「何を共有するのか」「誰が使うのか」を設計しておかないと、ツールだけが残ります。
失敗②:一部の人だけが共有する
「積極的な人だけが書き、大多数の人は読むだけ」という状態になることがあります。書く人と読む人が固定化してしまい、組織全体の知識循環にならない。
ナレッジマネジメントを機能させるには、「誰もが書き手・読み手になれる設計」が必要です。特定の専門家だけがコンテンツを作るのではなく、日常業務の中での「小さな気づき」を共有しやすい仕組みが重要です。
失敗③:アーカイブが溜まって検索できない
ドキュメントは蓄積されるが、検索しても必要な情報が見つからない。情報が古くなっても更新されない。こういう状態になると、「ナレッジベースを使うより聞いた方が早い」となり、個人への依存が解消されません。
「情報のメンテナンス」を誰が担うか、どのタイミングで見直すかを設計しておかないと、ナレッジベースはすぐに陳腐化します。
プロの人事はこう考える
知る:組織の「知識リスク」を把握する
ナレッジマネジメントを始める前に、「組織の中でどこに知識リスクがあるか」を把握することが重要です。
・特定の一人しか担当できない業務はどこか ・退職や異動が予想される「知識の集中ポイント」はどこか ・新人が仕事を覚えるのに時間がかかっている領域はどこか
これらを整理すると、「まず何から始めるべきか」の優先順位が見えてきます。全社横断で一気にナレッジ整備をしようとするのではなく、リスクの高い領域から着手することが効率的です。
経営数字との接続もしてみてください。「この知識が特定個人に集中していることで、事業成長が阻害されている可能性」「特定人材の退職リスクによる再採用・育成コスト」を整理することで、ナレッジマネジメントへの投資の優先順位が経営に伝わりやすくなります。
考える:「伝わる形」を設計する
ナレッジマネジメントで大切なのは、「記録すること」よりも「使われること」です。そのためには、「誰がどんな場面でこの知識を必要とするか」を想定して、形式を設計する必要があります。
複雑な手順書が必要な業務もあれば、「この3点だけ押さえれば大丈夫」という要点メモで十分な知識もあります。動画の方が伝わりやすいものもあれば、テキストで十分なものもある。
「知識の種類」に合わせた「伝える形式」を選ぶことが、使われるナレッジの条件です。
また、「誰がどのタイミングで使うか」も重要です。新人育成の場面で使われる知識なら、オンボーディングのフローに組み込む。マネジャーの判断場面で使われる知識なら、判断プロセスの中に自然に組み込まれる設計にする。
動く:まず「知識の棚卸し」から始める
プロジェクト終了時や担当変更のタイミングで、「この仕事を引き継ぐとしたら何を伝えるか」を30分でまとめる習慣を設ける。これが組織のナレッジマネジメントの第一歩です。
また、退職者や異動者が出る前に「知識の引き継ぎ面談」を設計することが重要です。「あなたにしかない知識・判断基準・関係性」を言語化してもらう時間を意図的に作る。これだけでも、個人への知識集中リスクを大きく減らせます。
「小さく始めて、成功事例を作って横展開する」——まず一つの部署・一つのプロジェクトでナレッジ共有の習慣を作り、うまくいったら横展開していくアプローチが有効です。
振り返る:ナレッジが「使われているか」を確認する
定期的に「ナレッジがどれだけ使われているか」を確認することが重要です。ドキュメントの閲覧数、「この情報があったから助かった」という声の収集、新人が仕事を覚えるスピードの変化——こうした指標でナレッジマネジメントの効果を測ることができます。
使われていない情報は整理し、「使いやすい状態」を維持する仕組みを作ることが、持続可能なナレッジマネジメントの条件です。
明日からできる3つのこと
1. 組織の「一人しかわからない」を3つ特定する(30分)
現在のチームや組織を見渡して、「これができるのは〇〇さんだけ」という状況を3つ挙げてみましょう。それが、ナレッジマネジメントを始める最初の優先箇所です。
着手ポイント:「〇〇さんが急に休んだら困ること」を想像するとリストアップしやすいです。
2. 次のプロジェクト終了時に「振り返りメモ」を作る(30分)
次に大きなプロジェクトや業務が一段落したタイミングで、「このプロジェクトで学んだこと、次回以降に活かせること」を30分でまとめてみましょう。このシンプルな習慣が組織のナレッジ蓄積の出発点になります。
着手ポイント:フォーマットにこだわらなくて大丈夫です。箇条書き10点以内で十分です。
3. 一人のベテランに「インタビュー」してみる(60分)
社内に「この人の知識を組織で共有したい」というベテランが一人いるはずです。その方に「あなたがこの仕事で大切にしていることを教えてもらえますか?」とインタビューしてみましょう。その内容をメモするだけで、組織の「見えない知識」の形式化が始まります。
着手ポイント:「マニュアルを作ってください」より「あなたの仕事の極意を聞かせてください」と頼む方が話してもらいやすいです。
まとめ
ナレッジマネジメントは、「組織の知識を個人から解放する」取り組みです。「あの人しかわからない」状態を放置すると、組織の成長に上限ができます。
「すべての組織に人事のプロを」という考え方があります。人事のプロが組織の知識資産を整備することは、事業の持続成長を支える重要な役割の一つだと思っています。
最初から完璧な仕組みを作ろうとしなくていいです。まず一つの「知識リスク」に気づき、一つの「振り返りメモ」から始める。それが組織の知識循環の第一歩になります。
組織の知識と学習を体系的に設計する力を身につけたい方へ
人事の仲間と実践的に学べる場があります。
▶ 人事図書館への参加はこちら 人事図書館の詳細・入会はこちら
▶ 人事のプロ実践講座への詳細はこちら 講座の詳細・申込みはこちら
吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
著者の実践講座を見る →関連記事
育成・研修ビジョン・ミッションが「ポスターで終わり」にならないために
会社にビジョンはあるが、現場で語られていない——こういう状況は珍しくありません。立派なビジョン・ミッション・バリューが策定され、ウェブサイトや社内ポスターに掲示されているのに、日常の業務には全く登場しない。新入社員研修のオリエンテーションで一度だけ紹介される。そんな状態です。
育成・研修経営人材育成が「研修プログラム」だけで終わってしまう理由
次世代の経営人材を育てたい——この課題は、多くの経営者・人事担当者が抱えています。でも経営者候補向けの研修を実施したMBAへの派遣を始めたという施策だけで経営人材育成をやっているという状態になっていませんか。
育成・研修ハイポテンシャル人材の育成プログラムが機能しない理由
将来の幹部候補を早期に選抜し、育成する——多くの企業がこの取り組みに力を入れています。でも選抜したが、思ったように育っていないプログラムが形式的になっているという声も少なくありません。
育成・研修長時間労働対策を「数字の改善」ではなく「文化の変革」にする
月80時間超の残業が続いている部門がある36協定の上限ギリギリまで残業させている——この状況を人事として知りながら、何から手をつければいいかわからない。そういった悩みを抱えている人事担当者は少なくありません。