
ウェルビーイング経営は「社員を甘やかす話」ではない
目次
- ウェルビーイングとは何か
- 「幸せ」だけを意味しない
- ウェルビーイングと事業成果の関係
- よくある誤解と失敗パターン
- 誤解1:「福利厚生を充実させること」がウェルビーイング
- 誤解2:「ウェルビーイングを高める」イベントで完了
- 失敗パターン:マネージャーが変わらないと何も変わらない
- プロの人事はこう考える:ウェルビーイング経営の実践
- 「ウェルビーイングの状態」を測定する
- 「仕事の意味」を語れる文化を作る
- マネージャーがウェルビーイングの主役になれる支援をする
- 明日からできる3つのこと
- 1. サーベイに「ウェルビーイング関連の設問」を加える(所要時間:設問設計に1〜2時間)
- 2. 管理職に「部下の状態確認の問いかけ」を共有する(所要時間:1時間)
- 3. 「仕事の意味」を語る場を一つ作る(所要時間:1〜2時間の設計)
- まとめ:ウェルビーイング経営は「事業成長の基盤」
- もっと深く学びたい方へ
ウェルビーイング経営は「社員を甘やかす話」ではない
「ウェルビーイングを高めましょう」と言うと、「社員を甘やかすのか?」「仕事の厳しさを軽視している」という反応が返ってくることがあります。でも、ウェルビーイング経営の本質は「社員を甘やかすこと」ではありません。
「社員が心身ともに健康で、仕事に意味を見出し、力を発揮できる状態を作ることが、事業の持続的成長につながる」——これがウェルビーイング経営の考え方です。
あるメーカーの人事部長が、こんな体験を話してくれました。「工場の現場で生産性を上げようとしていたが、なかなか改善しなかった。試しにエンゲージメントサーベイを導入して現場の声を聞いたら、『上司が自分の意見を聞いてくれない』『努力しても評価が変わらない』という声が多かった。マネージャーへの研修と1on1の仕組みを整えたら、1年後に生産性が8%改善し、その年の離職率が半減した。採用コスト換算で年間600万円相当の削減効果になった。ウェルビーイング施策は『コスト』じゃなくて『投資』だと経営が認識を変えた瞬間だった」と。
今日は、ウェルビーイング経営の本質と、人事がどう取り組めばいいかについて一緒に考えてみたいと思います。
ウェルビーイングとは何か
「幸せ」だけを意味しない
ウェルビーイング(Well-being)は日本語で「幸福」「健康」「幸福感」などと訳されますが、単に「幸せな気分」を意味するわけではありません。
WHO(世界保健機関)の定義では、ウェルビーイングは「身体的・精神的・社会的に良好な状態」とされています。「仕事がつらい」という状態もウェルビーイングの低下ですが、「仕事に意味を見出せず、ただこなしているだけ」という状態も同様です。
一方で、「仕事は大変だが、意味があって、仲間と一緒に乗り越えている」という状態はウェルビーイングが高い状態と言えます。ウェルビーイング経営は「楽な仕事を提供する」ことではなく、「困難でも意味を感じながら力を発揮できる状態を作る」ことです。「甘やかす」のではなく、「高いコミットメントを引き出すための環境をつくる」という発想です。
ウェルビーイングと事業成果の関係
ウェルビーイングと事業成果の関係は、様々な研究で示されています。
ウェルビーイングが高い社員は、創造性・生産性・協働力が高く、欠勤・離職が少ない傾向があります。ウェルビーイングへの投資は「社員を甘やかすコスト」ではなく、「生産性・定着率を高めるための投資」として捉えられます。
「施策の効果は売上伸長・コスト削減・リスク低減の3つで整理する」という考え方があります。ウェルビーイング施策も「生産性向上による売上伸長」「離職率低下による採用コスト削減(社員1名あたり採用コスト数十〜百万円規模)」「メンタル不調の予防によるリスク低減(休職1件あたりの代替コスト・生産性損失)」として整理できます。このように経営数字に落とすことで、「ウェルビーイング投資の根拠」を経営に示せます。
よくある誤解と失敗パターン
誤解1:「福利厚生を充実させること」がウェルビーイング
「社食を豪華にした」「無料のジムを設けた」——これらは悪くありませんが、これだけでウェルビーイングが高まるわけではありません。
「仕事に意味を見出せない」「上司が信頼できない」「キャリアが見えない」という状態で、どれだけ福利厚生を充実させても、ウェルビーイングの向上には限界があります。エンゲージメント研究では、「報酬や福利厚生(衛生要因)は不満を減らすが、モチベーションを高める(動機付け要因)のは仕事の意義・成長・承認だ」という知見が古くからあります。福利厚生は「不満を取り除く」手段であって、「高いコミットメントを生む」手段ではないという視点が大切です。
誤解2:「ウェルビーイングを高める」イベントで完了
「ウェルビーイング研修を実施しました」「マインドフルネスの時間を設けました」——これらも一定の効果はありますが、「イベントで完了」にしてしまうパターンは効果が限定的です。
ウェルビーイングは「文化」です。日常的な仕事の中で、「この仕事に意味がある」「仲間を信頼できる」「成長できている」という感覚が積み重なることで高まります。年1回のイベントより、「毎週の1on1で上司が部下の状態を気にかける」「チームの成果を全員で振り返る機会がある」という日常の積み重ねの方が、ウェルビーイングの向上に効果的です。
失敗パターン:マネージャーが変わらないと何も変わらない
ウェルビーイング向上の施策をいくら打っても、「現場のマネージャーのマネジメントスタイルが問題」であれば、効果は限定的です。
マネージャーが「部下の声を聞く」「部下の成長を支援する」「心理的安全性を作る」——こういった行動を取らなければ、組織全体のウェルビーイングは向上しません。ウェルビーイング経営の成否は、マネージャーの力量と姿勢に大きく依存します。
「マネージャーを変える」といっても、マネージャー自身も「どう変わればいいかわからない」状態のことが多いです。「何を変えてほしいか(行動指標)」を明確に伝え、「変わるための支援(コーチング・研修)」を提供することが、人事の役割です。
プロの人事はこう考える:ウェルビーイング経営の実践
「ウェルビーイングの状態」を測定する
ウェルビーイング経営を実践する第一歩は、「現在の社員のウェルビーイングの状態を把握すること」です。
エンゲージメントサーベイに「仕事の意味を感じているか(0〜10点で)」「職場の人間関係はどうか」「プライベートと仕事のバランスはとれているか」「将来のキャリアについて見通しがあるか」という設問を組み込む。これを定期的に計測することで、「どの要素が低いか」「どの部署が課題か」が見えてきます。
測定で重要なのは「数字の変化を追うこと」です。「全社平均スコアが昨年比で5%改善された」という変化を示せると、ウェルビーイング施策の効果を経営に報告できます。一回の測定で「現状把握」、定期測定で「施策の効果検証」という流れを作ることが、ウェルビーイング経営の基盤になります。
「仕事の意味」を語れる文化を作る
ウェルビーイング向上で最も効果が高い取り組みの一つが、「仕事の意味・目的を語れる機会を増やすこと」です。
「この仕事が誰のどんな課題を解決しているか」「この仕事が事業・社会にどんな価値を生み出しているか」——これを上司が語る機会(チームミーティング、1on1)を意識的に作ることが、「仕事の意味」を感じられる環境を育てます。
顧客の声を社内に届ける仕組み(顧客アンケートのシェア、顧客訪問の報告会)も有効です。「自分の仕事が誰かの役に立っている」という実感を持てると、「なんとなく業務をこなす」状態から「意味を感じて取り組む」状態に変わります。
マネージャーがウェルビーイングの主役になれる支援をする
ウェルビーイング向上の主役はマネージャーです。人事の役割は「マネージャーがウェルビーイングを高める行動を取れるように支援すること」です。
「部下の状態を定期的に確認する1on1の設計」「部下の変化に気づくためのサインの共有(突然の沈黙・残業の急増・ミスの増加など)」「部下の自律性を尊重しながら支援するマネジメントスタイルの研修」——こういった支援が、マネージャーを「ウェルビーイングの主役」にします。
「マネージャー自身のウェルビーイング」も忘れてはいけません。管理職のストレスが高い状態では、部下のウェルビーイングを高める余裕が生まれません。管理職のエンゲージメントスコアを別途把握し、管理職自身が「孤立していない」「相談できる場がある」環境を作ることも、人事の重要な仕事です。
明日からできる3つのこと
1. サーベイに「ウェルビーイング関連の設問」を加える(所要時間:設問設計に1〜2時間)
次のエンゲージメントサーベイに「仕事に意味を感じているか(0〜10点で)」「プライベートと仕事のバランスが取れているか」「職場の人間関係は良好か」という設問を加えてみましょう。これだけで「ウェルビーイングの現状把握」が始まります。
設問は短くてもいいです。「5分以内に答えられる10問」の方が「30分かかる50問」より回答率が高く、継続しやすいです。月1回・四半期1回など継続的に回答してもらう設計にすることで、「施策実施前後の変化」を数字で捉えられます。
2. 管理職に「部下の状態確認の問いかけ」を共有する(所要時間:1時間)
「最近、調子はどうですか?」「今の仕事で一番楽しいこと・つらいことは何ですか?」「職場で気になっていることがあれば教えてください」——こういった「部下のウェルビーイングを確認する問いかけ」を3〜5個まとめて、管理職向けに共有してみましょう。
「何を聞けばいいかわからない」という管理職は多いです。「こういうことを聞いてほしい」という具体的な問いを渡すことで、1on1の質が上がります。問いかけた結果として部下から深刻な相談が出た場合の「人事への相談フロー」も合わせて共有しておくと、管理職が安心して問いかけられます。
3. 「仕事の意味」を語る場を一つ作る(所要時間:1〜2時間の設計)
「この会社の仕事が誰の役に立っているかを語り合う場」(顧客の声を共有する会議・事業の影響を社内で伝えるニュースレター・お客様から届いたお礼メールのシェア)を一つ作ってみましょう。「仕事の意味」を実感できる機会を作ることが、ウェルビーイング向上の大切な一歩です。
月1回・15分程度でも構いません。「先月、〇〇部門のこんな取り組みがお客様に喜ばれました」という報告が全社に届く仕組みは、「自分たちの仕事が価値を生み出している」という感覚を育てます。
まとめ:ウェルビーイング経営は「事業成長の基盤」
ウェルビーイング経営は「人にとって良いから」という理由だけでなく、「事業の持続的成長のため」という経営的な根拠を持った取り組みです。
「施策の効果は売上伸長・コスト削減・リスク低減の3軸で語る」という視点から見ると、ウェルビーイングへの投資は十分な経営的根拠を持ちます。離職率の1%改善、メンタル不調による休職の減少、エンゲージメント向上による生産性改善——これらを数字で示せることが、「ウェルビーイングは経営投資」という認識を経営に作ります。
「人を生かして、事をなす」という考え方があります。ウェルビーイング経営は、社員を「消耗するリソース」ではなく「価値を生み出す人」として大切にしながら、事業を前に進める——そういう経営の在り方です。人事がこのテーマを経営の言語で語れるようになることが、組織全体の持続的成長につながります。
もっと深く学びたい方へ
ウェルビーイング経営とエンゲージメントを体系的に学びたい方には、「人事のプロ実践講座」がお役に立てるかもしれません。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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