「人事×DX」のキャリアを築くのに、ITの専門知識は必須ではない
キャリア・人事の成長

「人事×DX」のキャリアを築くのに、ITの専門知識は必須ではない

#1on1#エンゲージメント#採用#評価#研修

「人事×DX」のキャリアを築くのに、ITの専門知識は必須ではない

「HR Techに詳しくないと、これからの人事は厳しいのかな」「DXを推進しろと言われているが、何から始めればいいかわからない」「システムのことがよくわからなくて、IT部門との会話についていけない」——こういった不安を持っている人事の方は増えているのではないでしょうか。

デジタル化が進む中で、「人事×DX」のキャリアを持つ人材への注目が高まっています。でも、「ITの専門家でなければ人事DXに関われない」というわけでは決してありません。

あるITサービス企業の人事担当者がこんな経験を話してくれました。「上司から『うちも人事DXを進めよう』と言われたとき、正直『自分にできるのか』という不安が大きかった。でも実際に取り組んでみると、技術的なことはIT部門とベンダーに任せればよくて、人事に求められているのは『何を解決したいか』を明確に言語化すること、そして現場の課題と技術の可能性をつなぐ『翻訳者』の役割だとわかった。人事DXは、人事を深く知っている人間にしかできない仕事だと今は感じている」と。

「DXに関わるには技術の専門家でなければならない」という思い込みが、多くの人事担当者の一歩を止めています。今日は、人事がDXとどう向き合えばいいか、「人事×DXのキャリア」をどう築くかについて一緒に考えてみたいと思います。


「人事DX」は何のためにあるのか

人事DXは「効率化」だけではない

「人事DX」と言うと「業務を効率化すること」のイメージが強いかもしれません。採用管理システム、給与計算の自動化、電子申請——これらは確かに「効率化」です。

でも人事DXの本質はそれだけではありません。「データを蓄積・分析することで、より良い意思決定ができる」「デジタルを使って従業員体験を向上させる」という側面もあります。

「ピープルアナリティクス(データを使った組織・人材の分析)」は、「勘と経験」だけでなく「データと分析」でも人事の意思決定を補強する手段として注目されています。たとえば、採用チャネル別の定着率を比較したり、残業時間と離職率の相関を可視化したりすることは、従来の「感覚的な判断」に根拠を加える作業です。人事DXは「効率化」と「意思決定の質向上」の両方を目指すものです。

「テクノロジーの知識」より「何を解決したいか」が先

人事DXで最も大切なのは、「どんなテクノロジーを使うか」ではなく、「テクノロジーを使って何を解決したいか」という問いを先に持つことです。

「手段ありきで人事を動かしてはいけない」という考え方があります。「最新のHR Techを導入したい」という発想より、「採用の質を上げたい、そのために何が課題で、テクノロジーはどう使えるか」という発想の順番が重要です。

ある小売業の人事マネージャーが率直に話してくれました。「以前、評判の良い採用管理システムを導入したが、使い勝手が悪くて現場が使わなくなってしまった。原因を振り返ると、『何の課題を解決したいか』を整理せずに、ツールの機能で選んでしまっていた。次に入れ替えるときは、先に『採用担当者が何に困っているか』をヒアリングしてから要件を決めた。そうしたら現場の定着率が格段に上がった」と。ツールを選ぶ前に「解くべき課題」を明確にする——この順番が、人事DXの成否を分けます。


「人事×DX」で求められる力

ITの専門知識より「翻訳する力」

人事DXを推進する人材に求められる最も重要な力は、IT技術の深い専門知識ではなく、「翻訳する力」だと思っています。

「人事の課題・ニーズ」をIT部門・ベンダーに「システムとして実現したいこと」として伝える。逆に「IT部門・ベンダーが言っていること」を「人事の業務・課題との関係」で理解する。この「翻訳者」の役割が、人事DX推進において最も重要です。

ITの技術的な詳細はIT部門・ベンダーに任せればいい。「何のために、何を実現するか」という目的と要件を明確にすることが人事の役割です。翻訳するためには、「人事として何が問題か」「理想の状態は何か」「それを実現するためにシステムにどう動いてほしいか」という3点を整理できていれば十分です。技術の詳細を知らなくても、この3点を言語化できれば、IT部門・ベンダーとの会話は成立します。

「データリテラシー」は必要

テクノロジーの深い知識は必要ありませんが、「データリテラシー(データを読む・使う基礎的な力)」は人事DX時代に必要な力です。

「エンゲージメントスコアの経月変化を読む」「離職率を部署別・階層別に集計する」「採用チャネル別のコストと質を比較する」——これらはExcelやGoogleスプレッドシートで処理できるレベルの話です。「データを使って考える習慣」を持つことが、人事DXの出発点です。

データリテラシーを高める上で大切なのは、「平均値だけ見ない」という意識です。「全社の離職率は10%」という数字も、部署別に分解すると「A部署は5%、B部署は25%」という偏りが見えてくることがあります。その差の背景を探ることが、問題解決につながります。平均値は「全体を一言で表す数字」ですが、「問題を隠す数字」でもあります。分解して見る習慣が、データリテラシーの核心です。

「プロジェクトマネジメントの基礎」も役立つ

人事DXの推進は、多くの場合「プロジェクト」という形で動きます。IT部門・外部ベンダー・現場部門・経営——複数の関係者を調整しながら、期限内に目標を達成する必要があります。

「プロジェクト管理の基礎(スコープ・スケジュール・リスク管理)」を理解していると、人事DXの推進がスムーズになります。特に「スコープを絞る(最初からすべてを解決しようとしない)」という考え方は重要です。人事DXは「一度に大きく変える」より「小さく始めて、成功体験を積み重ねる」方が定着しやすいです。


人事DXキャリアの築き方

「得意な人事領域」×「デジタル活用」から始める

人事DXのキャリアは、「すべての人事業務をDXする」という発想ではなく、「自分が最もよく知っている人事領域で、デジタルをどう活かすか」という発想から始めることをおすすめします。

採用が得意なら「採用のデジタル化・データ活用」から、研修設計が得意なら「eラーニングやオンライン研修の設計・運営」から、評価に詳しいなら「評価システムの選定・活用」から——自分の強みと掛け合わせることで、他の人にはない「専門性」が生まれます。

「採用×DX」であれば、採用管理システムの選定・運用から、採用データの分析による改善サイクルの構築まで、「採用を深く知っている人間がデジタルを活用する」というポジションが取れます。「全部知っている人」より「この領域のDXならこの人」という専門性の方が、キャリアとして価値が出やすいです。

「小さなデジタル活用」を積み重ねる

人事DXのキャリアを築くための実践として、「日常業務の中で、デジタルを少しずつ活用していく」という積み重ねが有効です。

「Excelで今まで手動でやっていた集計を関数・ピボットで自動化する」「採用管理をスプレッドシートからATS(採用管理システム)に移行する」「1on1のメモをツールで管理して振り返りに使う」「エンゲージメントサーベイをGoogleフォームで自作して回答率と推移を追う」——こういった「小さなデジタル化」の経験が積み重なることで、「人事×デジタル」の実績と知見が生まれます。

特に評価されやすいのは、「デジタル化した結果、何が変わったか」を数字で語れることです。「集計時間が週3時間から30分に削減された」「スカウトメール返信率が12%から18%に改善された」——こういった前後比較のデータを持つことが、人事DXの実績として認められやすいです。

「HR Tech」の世界を継続的に学ぶ

HR Techの世界は急速に変化しています。継続的にキャッチアップすることが大切ですが、「すべてを詳しく知る」必要はありません。

毎月1〜2本、HR Tech関連の記事・レポートを読む。年1回、HR Tech系のカンファレンス・展示会に参加する。HR Tech関連のコミュニティに参加して、最新情報を仲間と共有する——こういった「継続的なインプットの習慣」が、HR Techに詳しい人事という専門性につながります。

HR Techの情報収集で意識したいのは、「ツールの機能」より「そのツールがどんな課題を解決するために作られたか」を理解することです。ツールの機能は頻繁に変わりますが、「解決しようとしている課題の構造」は変わりません。課題の構造を理解していると、新しいツールが出てきたときの理解が早くなります。


明日からできる3つのこと

1. 「今の業務で一番時間がかかっている手作業」を書き出す(所要時間:30分)

今の人事業務で「手作業・手入力・コピペが多い業務」をリストアップしてみましょう。これがデジタル化・自動化の候補です。「どこにデジタルを使えるか」を考える出発点になります。

リストアップする際は、「週何時間かかっているか」も一緒に書いてみましょう。「入退社手続きの書類準備に週4時間」「勤怠データの集計に週2時間」——時間が見えると、「デジタル化で何時間削減できるか」の試算につながります。この試算が、上司への「デジタル化提案」の根拠になります。

2. 「Excelの集計作業」を一つ自動化してみる(所要時間:1〜3時間)

今Excelで手動でやっている集計を、関数や自動化機能を使って効率化してみましょう。「VLOOKUP/INDEX-MATCH関数」「ピボットテーブル」「Excel VBA(マクロ)」「Googleスプレッドシートのスクリプト」など、プログラミングの知識がなくても使えるツールがあります。

最初は「1つの集計を自動化する」だけでいいです。「以前は30分かかっていた集計が5分でできるようになった」——この小さな成功体験が、「自分にもデジタル活用ができる」という自信につながります。その自信が、次のデジタル活用への意欲を生みます。

3. 「HR Techツール」を1つ調べて試してみる(所要時間:2〜3時間)

採用管理、1on1支援、エンゲージメントサーベイ、オンボーディング——これらのカテゴリのHR Techツールを1つ選んで、無料トライアルで試してみましょう。「実際に使ってみること」が、HR Techを「知識として知っている」から「使える」に変わる最速の方法です。

試す前に「このツールで解決したい課題は何か」を1行だけ書いてから始めてみましょう。「エンゲージメントサーベイツールで、月1回の簡易調査をラクに運用できるか確かめたい」という形です。目的が明確だと、「使ってみてどうだったか」の評価がしやすくなります。その評価が、社内への導入提案の材料になります。


まとめ:人事×DXは「人事の本質を知っている人」の仕事

人事DXを推進する上で最も大切なのは、「DXの技術を理解すること」より「人事の課題を深く理解していること」です。

「何が課題か」「何を解決したいか」「テクノロジーでどこまでできて、何は人がやるべきか」——こういった問いに答えられるのは、「人事を深く知っている人」です。テクノロジーはあくまでも手段で、「課題解決の知恵」が本質です。

「人事の仕事の質の7〜8割は"知る"の質で決まる」という言葉があります。人事DXも、「組織・人・事業の課題を深く知ること」から始まります。「得意な領域でデジタルを少しずつ活用する」「課題から出発して手段を選ぶ」「小さな成功体験を積み重ねる」——この積み重ねが、「人事×DX」というキャリアの強みになっていきます。


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吉田洋介

人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』

リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。

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