
育児・介護支援を「法定対応だけ」にしている会社が失っているもの
目次
育児・介護支援を「法定対応だけ」にしている会社が失っているもの
「産休・育休は取れますが、復帰後の働き方が不安で……」「介護が始まったが、会社に言い出せなくて」「育休取得者は増えたが、職場への負担が問題になっている」——育児・介護支援に関する課題は、制度の「有無」から「実効性」の問題へと変化しています。
育児・介護休業法の改正により、制度の整備は法的な義務になっています。でも「法定対応だけ」で留まっている企業は、せっかくの制度が活かされず、優秀な人材の定着機会を失っているかもしれません。
ある製造業の人事担当者から、こんな話を聞きました。「うちは育休の取得率だけを見ると悪くない数字なんです。でも実際に育休から復帰した女性社員を面談してみたら、『戻ってきたら仕事の内容が変わっていた』『出世は無理だと思って、プレッシャーを感じなくなった』という声が複数出てきて。取れているけど、活きていないんだと気づきました」と。
制度があれば十分、ではない。「使われる制度」「実際の活躍につながる仕組み」を作ることが、今の人事に求められているのだと感じています。
今日は、育児・介護支援の制度設計と文化づくりについて、一緒に考えてみたいと思います。
「制度はあるが機能していない」問題
「取れるけど取りにくい」雰囲気
「育児休業は取れますが、実際に取ると評価が下がるのでは」「介護休暇は制度があるが、周囲の目が気になって使えない」——制度があっても、使うことへの心理的ハードルが高い状態は、制度の実効性を大きく下げます。
「上司が取らない」「職場への迷惑が気になる」「取った後のキャリアが不安」——こういった「取りにくい」理由は、制度設計ではなく文化の問題です。
特に介護については、「介護が始まった」と職場に言い出せないまま、一人で抱え込んでいるケースが多いと感じます。「まだ大丈夫です」と言いながら、実は毎朝ヘルパーさんに親を送り出してから出社し、昼休みに電話で親の状況を確認し、帰りに薬局に寄ってから帰宅する——そういう状況にある社員が、会社に何も言わずに過ごしている。そしてある日突然「介護退職」という形になる。
こういった「見えない消耗」を防ぐためにも、「言い出せる文化」を作ることが、制度と同じくらい重要です。
「戻ってきた人の居場所がない」問題
育休から復帰した社員が「自分の業務が変わっていた」「出世コースから外れた感じがする」という問題も起きやすいです。
復帰後の活躍を支援する仕組み(職場復帰支援プラン、復帰後の面談、業務の調整)がなければ、「育休は取れるが、取ったら損」という認識が広まってしまいます。
ある企業で実施した調査では、育休復帰後に「キャリアへの不安が高まった」と回答した女性が6割以上いたという話を聞いたことがあります。「取れること」と「取っても不安なく働き続けられること」は全く別の話です。「復帰後のキャリア設計」を会社として支援する姿勢を示せるかどうかが、定着のカギになります。
「周囲への負荷」が顕在化している
育児・介護中の社員を支援するためには、その間の業務を誰かが担当しなければなりません。「育休取得者が増えて、残された人たちの負担が増えている」という問題が顕在化している職場も多いです。
「あの人だけ早く帰れていいよね」「育休中も給与が出るんでしょ、羨ましい」という声が出てくると、職場の空気が悪くなります。育児・介護を抱える社員へのサポートが、他の社員の不満につながる——これは制度設計の問題と、チーム運営の問題が重なって起きることです。
育児・介護支援は「取る人への支援」だけでなく、「職場全体で支え合える体制」を作ることとセットで考える必要があります。業務の属人化を減らす、マネージャーが業務分担を柔軟に組み替えられるスキルを身につける——そういった組織的な取り組みが、「誰かが長期不在でも回る職場」を作ります。
プロの人事はこう考える:育児・介護支援の設計
「法定以上」をどこまでやるか、経営と対話する
育児・介護支援の制度設計は、まず「法定基準を満たすこと」が前提ですが、「法定以上をどこまでやるか」は経営判断です。
法定以上の支援(例:育休中の給与補助、復帰後の時短勤務期間の延長、保育費補助)は、「採用競争力の向上」「優秀人材の定着」という経営的な価値があります。「この投資でどれだけの定着効果があるか」という試算を持って経営と対話することが、制度を充実させるための道です。
施策の効果は「売上伸長・コスト削減・リスク低減の3つで整理する」という考え方があります。育児・介護支援の充実は「優秀人材の定着によるコスト削減(採用・育成コストの節約)」と「多様な人材の採用による売上伸長」として語ることができます。
中途採用一人あたりのコストは、職種にもよりますが平均的に100〜150万円を超えます。それに加えて入社後の育成コスト、先輩社員が新人指導に費やす時間コストを合算すると、一人の定着は数百万円単位の経営的価値があります。「育休制度を充実させることで、育休前後の定着率が〇%改善する」という数字で語ると、経営との対話がより実質的になります。
「取りやすい雰囲気」を作るマネージャー支援
制度の実効性を高めるために最も重要なのは、「マネージャーが制度の利用を支持する姿勢を持てるようにすること」です。
「育休を取る部下をどうチームでカバーするか」「育休復帰後の部下の業務調整をどうするか」——これらについてマネージャーが迷わないための「マネージャー向けの育休ガイド」「ロールプレイ研修」を提供することが、「取りやすい職場」を作ります。
あるIT系企業では、マネージャー向けに「育休・介護休暇取得者のいるチームの運営ガイド」をA4一枚で作成したところ、「何をすれば良いかわからなかったが、これで動けるようになった」という声が複数のマネージャーから上がったという話を聞いたことがあります。「マネージャーも困っている」——その問題を解決することが、文化づくりの近道です。
「キャリアの継続性」を見える化する
「育休を取るとキャリアが止まる」という認識を変えるために、「育休中・育休復帰後にも成長・活躍できるモデル」を見える化することが有効です。
育休復帰後に活躍している先輩社員の話をイベントで共有する、育休中にスキルアップを希望する社員への支援(研修費用補助など)を設ける——こういった取り組みが、「育休を取ってもキャリアは止まらない」という文化を育てます。
介護においても同様です。「介護と仕事を両立しながらマネージャーになった先輩の話」「在宅勤務を活用しながら介護と仕事を両立した事例」——こういったロールモデルが職場に見えていると、「自分もできるかもしれない」という安心感が生まれます。
明日からできる3つのこと
1. 「育児・介護支援の利用状況」を確認する(所要時間:1〜2時間)
今の育児休業・介護休暇等の取得率を確認してみましょう。「制度はあるが取得率が低い」なら、「取りにくい理由は何か」を調査する必要があります。
男性育休の取得率は、最近の法改正の流れで注目されています。「取得率を上げること自体が目的」ではなく、「本当に取りやすい・使いやすい職場になっているか」が本質です。取得率と合わせて、「取得した人が復帰後も活躍できているか」「職場の雰囲気が変わったか」も確認してみてください。
2. 育休復帰者に「復帰してみてどうだったか」を聞く(所要時間:各30分)
直近1〜2年で育休から復帰した社員に「復帰前の不安は何でしたか」「復帰後に会社に支援してほしかったことは何ですか」を聞いてみましょう。制度の改善ポイントが見えてきます。
「良かった」より「困ったこと」を正直に話してもらうためには、「評価には影響しない」という安心感が必要です。人事担当者との一対一の対話で、「改善のためのフィードバックをもらいたい」という姿勢で聞くと、本音が出やすくなります。
3. 「マネージャー向け育休サポートガイド」を作る(所要時間:2〜3時間)
「部下が育休を取得する際、マネージャーはどう動けばいいか」をA4一枚程度にまとめたガイドを作ってみましょう。手続き・業務引き継ぎの流れ・声のかけ方——こういった実践的な情報が、マネージャーの「どうすればいいかわからない」を解消します。
ガイドに「よくある質問」コーナーを入れると使いやすくなります。「育休中に仕事の連絡をしてもいいですか」「復帰後は時短勤務になりますが、評価はどうなりますか」——こういった疑問にQ&A形式で答えるだけで、マネージャーが自信を持って動けるようになります。
まとめ:育児・介護支援は「人材戦略の核心」
育児・介護支援の充実は、「社員に優しい会社だから」という価値観だけでなく、「多様な人材に長く活躍してもらうことが事業成長につながる」という経営的な根拠を持った投資です。
「誰も犠牲にならない組織を当たり前に」——育児・介護支援の充実は、「ライフイベントがあっても誰も犠牲にならない組織」を作るための、人事としての大切な仕事だと思っています。
制度を作っただけでは変わらない。文化を育て、マネージャーを支援し、ロールモデルを見える化する。その積み重ねが、「この会社で長く働きたい」と思える組織を作っていきます。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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