
労基対応を「怖いもの」にしない人事のための基本の考え方
目次
- 「労働基準法」の本質的な目的
- 「最低基準」を守ることが出発点
- 「知らなかった」では済まされない
- 人事が特に注意すべき労基のポイント
- ポイント1:「残業時間の管理」と「残業代の計算」
- ポイント2:「年次有給休暇の管理」
- ポイント3:「雇用形態と就業規則の整合性」
- プロの人事はこう考える:労基対応の実践
- 「予防的なコンプライアンス管理」を習慣にする
- 「専門家との連携」を怠らない
- 「就業規則の定期的なメンテナンス」
- 明日からできる3つのこと
- 1. 「直近3ヶ月の残業時間」を部署別に確認する(所要時間:1〜2時間)
- 2. 「有給取得率が低い社員」をリストアップする(所要時間:1時間)
- 3. 就業規則の「最終改定日」を確認する(所要時間:30分)
- まとめ:労基対応は「社員への誠実さ」の表れ
- もっと深く学びたい方へ
労基対応を「怖いもの」にしない人事のための基本の考え方
「残業代の計算が合っているか不安で」「労働基準監督署に何かを言われたらどうしよう」「法律のことがよくわからなくて、コンプライアンス対応に自信がない」——労務コンプライアンスへの不安を抱えている人事の方は少なくないと思います。
「労基対応(労働基準法への対応)」は確かに専門知識が必要な分野ですが、「怖くてわからないもの」として避けていると、いつの間にかリスクが蓄積してしまいます。
ある中小企業の人事担当者が話してくれました。「固定残業代制度を導入していれば残業代は払わなくていいと思っていた。でも退職した社員から未払い残業代の請求が来て、弁護士に相談したら、固定残業代を超えた分の支払い義務があると言われた。3年分遡られて、予想外の金額になった。制度の理解が不十分だったことへの後悔が大きかった」と。このような事例は、「知らなかったでは済まされない」という労働法の厳しさを示しています。
「怖いから触れない」ではなく、「基本を理解して、予防的に管理する」——この姿勢が、労基対応でのリスクを最小化します。
今日は、労基対応の基本的な考え方と、人事が知っておくべきポイントについて一緒に整理してみたいと思います。
「労働基準法」の本質的な目的
「最低基準」を守ることが出発点
労働基準法は、「労働者が健康で安心して働けるための最低基準」を定めた法律です。使用者(会社)は、この最低基準を下回ることができません。
「労働時間の上限」「残業代の計算方法」「休暇の取得」「解雇の手続き」——これらはすべて、労働者の権利を守るためのルールです。人事がこのルールを正確に理解することは、「コンプライアンス上のリスクを防ぐ」と同時に、「社員が安心して働ける環境を作る」という意味があります。
「最低基準」であるから、会社が社員に有利な条件を整えることは問題ありません。「法定を超える有給日数」「法定以上の育児支援制度」——こういった「法を超えた待遇」が、採用競争力や定着率に貢献します。
「知らなかった」では済まされない
労働基準法に違反した場合、「知らなかった」という言い訳は通りません。
残業代の未払い、休日出勤の未払い、有給休暇の不適切な管理——こういった問題が発覚した場合、過去2〜5年に遡って支払い義務が生じることがあります(民法改正により2020年4月以降の分は原則5年)。法的リスクだけでなく、「社員との信頼関係が壊れる」「採用ブランドが傷つく」「SNSで広まる」という影響も大きいです。
「施策の効果は売上伸長・コスト削減・リスク低減の3つで整理する」という考え方があります。労基対応は「リスク低減」の典型です。未払い残業代請求リスク、行政指導リスク、評判リスク——これらを予防することの価値を、経営に語れるようにしておくことが重要です。
人事が特に注意すべき労基のポイント
ポイント1:「残業時間の管理」と「残業代の計算」
残業代の計算は、「割増賃金率×時間外労働時間×時間単価」です。法定時間外は1.25倍、法定休日は1.35倍、深夜(22時〜翌5時)は0.25倍の割増が必要です。月60時間を超える時間外労働については1.5倍の割増が必要です(中小企業も2023年4月から適用)。
「みなし残業(固定残業代)」を採用している場合も、「みなし残業時間を超えた分の割増賃金」を支払う必要があります。「固定残業代を払っているから残業代は不要」という誤解が多いため、注意が必要です。固定残業代が有効に機能するための要件(金額・時間の明示など)を満たしているかも確認が必要です。
また、2019年の法改正により「時間外労働の上限規制」が設けられています。原則として月45時間・年360時間を超えることはできず(特別条項を設けた場合も年720時間・月100時間未満)、この上限を超えると法律違反になります。
ポイント2:「年次有給休暇の管理」
2019年の法改正で、「年10日以上の有給休暇が付与された社員には、年間5日以上の有給休暇を取得させること」が義務化されました。
「取得させること」がポイントです。「取りたい人が取れる環境」を作るだけでなく、「5日未満しか取れていない社員には、会社が時季を指定して取得させる」という義務があります。年度末に「今年の有給が5日未満の社員リスト」を確認して対応する仕組みがないと、法律違反のリスクが生じます。
「有給取得の促進が業務に支障を与える」と感じる現場マネージャーへの対話も、人事の仕事の一つです。「業務計画の中で有給を確保する」という発想への転換を、マネージャーと一緒に考えることが重要です。
ポイント3:「雇用形態と就業規則の整合性」
パートタイム・有期雇用社員と正規社員の「不合理な待遇差」を禁じる「同一労働同一賃金」の原則が、2020年以降すべての企業に適用されています。
「同じ仕事をしているのに、雇用形態が違うだけで待遇が大きく違う」という状態は、問題になるリスクがあります。「基本給・賞与・各種手当・休暇・福利厚生の適用範囲」について、「正規・非正規の待遇差に合理的な理由があるか」を定期的に確認することが必要です。
プロの人事はこう考える:労基対応の実践
「予防的なコンプライアンス管理」を習慣にする
労基対応でプロの人事が心がけているのは、「問題が起きてから対応する」ではなく、「問題が起きる前に予防する」という姿勢です。
毎月の残業時間を部署別・個人別で確認し、「上限に近づいている人」を早期に把握する。年度末に「有給取得が5日未満の社員」をリストアップして対応する。「就業規則が法改正に対応しているか」を毎年確認する——こういった予防的な管理が、法的リスクを最小化します。
「問題が起きてから弁護士に相談する」より「起きる前に社労士に確認する」方が、はるかにコストが低い。「予防投資としての専門家活用」という発想が、長期的なリスク管理の鍵です。
「専門家との連携」を怠らない
労基対応の複雑なケース(解雇、未払い賃金の問題、労働組合との協議、就業規則の改定など)は、「社会保険労務士(社労士)」に相談することをおすすめします。
社労士は、労働法規のプロフェッショナルです。「これは大丈夫か不安」という場面では、躊躇せず専門家に相談することが、長期的なリスク管理につながります。「専門家に頼ることは、人事の力量不足ではなく、適切なリソース活用」という発想が大切です。顧問社労士がいない場合は、スポット相談から始めることも選択肢です。
「就業規則の定期的なメンテナンス」
労働関係法令は年々改正されています。就業規則が最新の法改正に対応しているかを、毎年確認・更新することが重要です。
特に、育児介護休業法(2021〜2023年に大幅改正)、同一労働同一賃金、時間外労働の上限規制——これらへの対応ができているか、定期的にチェックする習慣を持つことをおすすめします。「就業規則の最終改定が数年前」という状態は、複数の法改正への未対応が蓄積している可能性があります。
明日からできる3つのこと
1. 「直近3ヶ月の残業時間」を部署別に確認する(所要時間:1〜2時間)
直近3ヶ月の部署別・個人別残業時間を確認し、「月45時間に近い部署や個人がいないか」を把握しましょう。問題がある部署・個人を早期に特定することで、上限を超える前に対策が打てます。
「月60時間を超えている社員がいないか」も確認しましょう。月60時間超は割増率が上がり(1.5倍)、代替休暇の付与義務も生じます。把握していない状態は、給与計算のミスにもつながります。
2. 「有給取得率が低い社員」をリストアップする(所要時間:1時間)
今年の有給取得状況を確認し、「5日未満しか取得していない社員」のリストを作りましょう。年度末になってから慌てて対応するより、今の段階から「取得が少ない社員に声をかける」対応が必要です。
「有給を取りにくいと感じている理由」も合わせて把握することで、「制度はあるが使えない文化の問題」を特定できます。
3. 就業規則の「最終改定日」を確認する(所要時間:30分)
就業規則の最終改定日を確認してみましょう。「3年以上改定していない」なら、その間の法改正への対応ができていない可能性があります。社労士に「現在の法規制への対応状況をチェックしてもらう」ことを検討しましょう。費用はかかりますが、「知らなかったによる未払い請求リスク」に比べれば、はるかに小さなコストです。
まとめ:労基対応は「社員への誠実さ」の表れ
労基対応は「守らなければならないルール」ですが、その本質は「社員が健康で安心して働ける環境を守ること」です。
「誰も犠牲にならない組織を当たり前に」という言葉があります。労基対応の徹底は、この理念を実現するための基盤です。「法律だから守る」という義務感だけでなく、「社員のために守る」という誠実さから、労基対応に取り組んでほしいと思っています。
完璧でなくてもいい。まず「現状を把握する」ことから始めましょう。「今どこに問題があるか」を知ることが、改善の第一歩です。
もっと深く学びたい方へ
労務管理と法令対応を体系的に学びたい方には、「人事のプロ実践講座」がお役に立てるかもしれません。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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