
人事が「社員のキャリアパス支援」を本気でやるとはどういうことか
目次
- 「キャリア支援」が形骸化する理由
- 「キャリア面談が評価面談と混ざっている」
- 「キャリアパスが見えない組織」では機能しない
- 「社員のキャリア自律」を促す仕組みがない
- キャリアパス支援の設計
- 「キャリアラダー」の可視化
- 「1on1でのキャリア対話」の質を高める
- 「社内公募・ジョブポスティング」の整備
- プロの人事はこう考える:キャリア支援の本質
- 「定着させること」より「成長させること」を目的にする
- 「キャリア支援の効果」を数字で見る
- 「人事だけでは担えない」を認識する
- 明日からできる3つのこと
- 1. 「社員のキャリア希望の現状把握」をする(所要時間:アンケート設計1時間、回収2〜3日)
- 2. 「社内キャリアパスを可視化する」(所要時間:2〜4時間)
- 3. 「管理職のキャリア対話スキル研修」を企画する(所要時間:企画2時間)
- まとめ:キャリア支援は「人を信じること」から始まる
- もっと深く学びたい方へ
人事が「社員のキャリアパス支援」を本気でやるとはどういうことか
「キャリア面談をやっているが、毎回同じ話で終わる」「社員に『この会社でどんな未来があるか見えない』と言われた」「キャリア支援制度は整えたが、活用されていない」——社員のキャリア開発支援に取り組んでいるが、効果が見えにくいという悩みを持つ人事担当者は多いと思います。
キャリアパス支援は「制度を作ること」でも「キャリア面談を形式的にやること」でもありません。「社員一人ひとりが、自分のキャリアを自分で考え、主体的に動ける環境と支援を作ること」が本質です。
あるサービス業の人事担当者が、振り返りとしてこんな話をしてくれました。「以前は年1回の評価面談でキャリアの話も聞いていたが、ほとんどの社員が『今のままで構いません』と答えるだけだった。本音では転職を考えている人も多かったが、評価に影響するかと思って言えなかったらしい。評価面談と切り離した『キャリア相談会』を四半期に一度設けて、人事が直接話を聞く仕組みに変えたら、社員から『こういうことをやってみたい』『こんな部署に興味がある』という声が次々と出てきた。社内公募制度につなげた結果、その年の自己都合退職が前年比40%減少した」と。
今日は、人事が本気でキャリアパス支援をするとはどういうことかを考えてみたいと思います。
「キャリア支援」が形骸化する理由
「キャリア面談が評価面談と混ざっている」
キャリア面談と評価面談が混ざってしまうと、「本音のキャリアの話ができない」という問題が起きます。
「この面談で正直に言ったら、評価に影響するかも」という不安が社員にある限り、「本当の希望・不安・悩み」は出てきません。キャリア面談は「評価とは切り離された、安心して本音を話せる場」として設計することが重要です。
評価面談とキャリア面談を切り離すための工夫として、「実施時期をずらす(評価面談から2〜3ヶ月後にキャリア面談)」「面談者を変える(評価者の上司ではなく、人事担当者や別のメンターが担当)」「面談内容は評価に影響しないことを明示する」という3点が効果的です。
「キャリアパスが見えない組織」では機能しない
「この会社ではどんなキャリアが描けるか」が見えない組織では、キャリア面談をしても「このまま続けるか、転職するか」という2択しか見えなくなります。
「こういう経験を積むと、こういう役割につながる」「このスキルを身につけると、こういうキャリアの選択肢が広がる」——社内でのキャリアパスが具体的に見える環境が、キャリア支援の前提条件です。キャリアパスが「評価制度の等級表」にしか書かれておらず、実際にどう動けるかが不透明な組織では、社員は「社外に出た方が早い」という結論になりがちです。
「社員のキャリア自律」を促す仕組みがない
キャリア支援を「会社が社員のキャリアを管理・設計する」という発想で行うと、「言われたからやっているだけ」という受け身の社員が生まれます。
「社員自身が自分のキャリアを考え、主体的に動く」という「キャリア自律」を育てることが、本来のキャリア支援の目的です。キャリア自律が育つと、「指示がなくても自分で学ぶ」「必要な経験を自分から取りに行く」という行動につながり、組織全体の成長力が上がります。
キャリアパス支援の設計
「キャリアラダー」の可視化
社内でのキャリアパスを可視化するための基本ツールが、「キャリアラダー(キャリアの梯子)」です。
「このポジション(等級・職種)から、どんなキャリアパスがあるか」を図示したものです。「縦のラダー(同じ職種での上昇)」だけでなく、「横のラダー(異なる職種・部署へのキャリアチェンジ)」も含めて可視化することで、「この会社でのキャリアの選択肢」が見えやすくなります。
「社員に見えるキャリアパスが多いほど、離職意向が下がる」という現象の背景には、「選択肢が見えることで『別の会社に行かなくても、ここでやりたいことができる』という実感が生まれるから」という理由があります。キャリアラダーは、「制度として整備するだけでなく、社員が実際に参照するコンテンツ」として設計することが大切です。社内の先輩社員のキャリアストーリーと合わせて発信すると、「これは実際にありえる話だ」というリアリティが生まれます。
「1on1でのキャリア対話」の質を高める
キャリア支援の日常的な場は「1on1」です。マネージャーが「業務の話だけでなく、キャリアの話もできる1on1」を行えるよう、支援・育成することが重要です。
「あなたが3年後にどうなりたいか、聞いたことはありますか?」「部下が今の仕事にやりがいを感じているか、確認していますか?」——こういった質問を管理職研修に組み込むことで、「キャリアの対話が日常的に起きる職場」に近づきます。
管理職がキャリア対話を苦手とする理由の多くは、「部下のキャリアの希望を聞いたとき、応えられるか不安」「転職の話が出てきたらどうすればいいかわからない」という不安です。「部下がキャリアの希望を話してくれたときの対応ガイド(人事につなぐフローも含む)」を提供することで、管理職が安心してキャリア対話を持てます。
「社内公募・ジョブポスティング」の整備
社員のキャリア自律を促す仕組みとして、「社内公募(ジョブポスティング)制度」があります。
「自分から手を挙げて、希望する職種・部署に異動できる」という選択肢があることで、「今の仕事に将来がないから転職しよう」ではなく「社内でキャリアチェンジできる」という選択肢が生まれます。社内公募制度の整備は「定着率の改善」と「社員のキャリア自律の促進」の両方に効果があります。
導入時に気をつけたいのは、「所属部署のマネージャーの反対」です。「部下が他部署に行きたがる」という状況を、「自分のマネジメントへの批判」と受け取るマネージャーがいます。「社内公募は会社全体の人材活用の最適化であり、部署の人材を取られることではない」という文化の醸成と、「異動した後の補充フロー」の整備がセットで必要です。
プロの人事はこう考える:キャリア支援の本質
「定着させること」より「成長させること」を目的にする
キャリア支援の目的を「社員を定着させること(離職を防ぐこと)」においてしまうと、「社員の成長・自律」ではなく「在籍させること」が目的になってしまいます。
「社員一人ひとりが成長し、力を発揮できる環境を作ること」を目的にした方が、結果として「定着率も上がる」という逆説があります。「成長できる・力を発揮できる」という実感が、「ここにいたい」という動機につながるからです。「会社に引き留めてもらっている」より「ここで成長できるから選んでいる」という状態の社員の方が、長期的にも高いパフォーマンスを発揮しやすいです。
「キャリア支援の効果」を数字で見る
キャリア支援の効果を測定するために、「社内公募の活用率」「キャリア面談後の離職率変化」「社員のエンゲージメントスコアの変化(特に『キャリアの見通し』関連設問)」などを追いかけることが重要です。
「キャリア支援に取り組んでいる」だけでなく、「キャリア支援の結果として何が変わったか」を数字で示すことで、施策の改善と経営への説明ができます。「キャリア面談を受けた社員の1年後定着率が、面談なし社員より10%高い」というデータが取れると、「キャリア面談への投資根拠」として経営に示せます。
「人事だけでは担えない」を認識する
キャリアパス支援は「人事が全部やる」のではなく、「マネージャー・先輩社員・外部メンター」など、多くの関係者が関わる仕組みを作ることが重要です。
「人事の仕事は、環境・仕組み・リソースを整えること。日常的なキャリアの対話はマネージャーが担う」という役割分担の明確化が、「人事だけに負荷がかかる」状況を防ぎます。社内のキャリアロールモデル(多様なキャリアパスを歩んできた先輩社員)を「社内メンター」として活用する仕組みも、人事が担える環境整備の一つです。
明日からできる3つのこと
1. 「社員のキャリア希望の現状把握」をする(所要時間:アンケート設計1時間、回収2〜3日)
「現在の仕事への満足度(0〜10点)」「3年後にどうなりたいか(社内での選択肢)」「今最も成長したいスキル」「社内でやってみたい仕事・部署(あれば)」——短いアンケートで社員のキャリアニーズを把握することが、支援設計の出発点です。
現状把握で重要なのは「集計するだけでなく、傾向をコメントとして社員に共有すること」です。「多くの社員がスキルアップの機会を求めていることがわかりました。今後このような機会を検討します」というフィードバックが、「人事が本気でキャリアを支援しようとしている」という信頼を生みます。
2. 「社内キャリアパスを可視化する」(所要時間:2〜4時間)
「この職種・ポジションから、次はどういうキャリアパスがあるか」を一枚の図にまとめてみましょう。「縦の昇進ルート」だけでなく「横のキャリアチェンジルート」も含めて可視化することで、社員に「選択肢が見える」状態を作れます。
図を作ったら、「実際にキャリアチェンジした先輩社員の事例(3〜5人)」を合わせてまとめると、「絵に描いた餅ではなく、実際に起きたこと」というリアリティが加わります。この資料を新入社員研修・キャリア面談で使うことで、「社内でのキャリアの可能性」を伝えられます。
3. 「管理職のキャリア対話スキル研修」を企画する(所要時間:企画2時間)
「部下のキャリアの話をどう引き出すか」「キャリアの不安・希望を聞いたら、どう応えるか」「転職を考えていると打ち明けられたら、どう対話するか」というスキルを管理職研修に組み込む企画を立ててみましょう。「管理職が動けない」ことが、キャリア支援の最大のボトルネックになっているケースが多いからです。
研修は座学だけでなく「ロールプレイ」を入れることで、「実際の場面でどうするか」を練習できます。「こういうケースではこう答えよう」という想定問答を事前に作ることで、管理職が安心してキャリア対話に臨めます。
まとめ:キャリア支援は「人を信じること」から始まる
キャリアパス支援の本質は、「社員が自分のキャリアを自分で切り開ける力と環境を、組織として応援すること」だと思っています。
「この人はこういうキャリアを歩むだろう」という組織側の決めつけではなく、「あなたはどうなりたいですか?それを支援したい」という姿勢——これが、社員の「ここで働き続けたい」という気持ちにつながります。
「定着率向上による採用コスト削減」「エンゲージメント向上による生産性改善」——キャリア支援は経営的にも明確な価値を持ちます。「人に良いことと、会社に良いことは、この領域では一致する」ということを、経営の言語で伝えられる人事が、組織のキャリア支援を本物にします。
もっと深く学びたい方へ
キャリア開発と組織設計を体系的に学びたい方には、「人事図書館」へのご参加をお待ちしています。
▼ 人事図書館(詳細・入会申込み) 人事図書館の詳細・入会はこちら
人事の実践力と経営参画を学びたい方には、「人事のプロ実践講座」もあります。
▼ 人事のプロ実践講座(詳細・申込み) 人事図書館の詳細・入会はこちら
吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
著者の実践講座を見る →関連記事
キャリア・人事の成長人事コミュニティを「情報収集の場」以上に活用するために
人事の勉強会やコミュニティに参加しているが、どう活かせばいいかわからない——こういう声を人事担当者から聞くことがあります。
キャリア・人事の成長人事DXロードマップを「絵に描いた餅」にしないために
人事DXのロードマップを作りました——でもそのロードマップが2〜3年後に実現したい理想の姿を描いたものの、今何から始めるかが不明確なままになっていませんか。
キャリア・人事の成長副業・兼業制度を「解禁するだけ」で終わらせないために
副業・兼業を解禁しました——この一言でアナウンスして終わっていませんか。
キャリア・人事の成長人事のキャリアパスが「なんとなく」だと、プロとして成長しにくい
人事のキャリアって、どこに向かえばいいのかわからない——こういう悩みを持つ人事担当者はいるのではないかと思います。採用・労務・評価・研修・組織開発……と様々な機能があり、何かを一通りこなせるようになっても、プロと呼べる自信がないという感覚を持つ方も少なくないように思います。