
同一労働同一賃金にどう向き合うか——「対応」で終わらせない人事の視点
目次
- 同一労働同一賃金の本質を理解する
- 「均等待遇」と「均衡待遇」の違い
- 「不合理な差別」は何かを理解する
- 「対応した気」でいる危険性
- よくある失敗パターン
- 失敗1:「不合理でない差の理由」を後付けで作る
- 失敗2:「一部の手当を非正規にも付ける」だけで終わる
- 失敗3:「非正規社員に説明しない」
- プロの人事はこう考える
- 「処遇体系の再設計」の機会として捉える
- 「非正規社員のキャリアパス」とセットで考える
- 「合理的な差」を言語化しておく
- 明日からできる3つのこと
- 1. 正規・非正規間の処遇差を「項目別」にリストアップする(2時間)
- 2. 非正規社員から「処遇に関する意見・不満」を収集する(2〜3時間)
- 3. 「処遇差の説明」を非正規社員に行う機会を設ける(次の機会に)
- まとめ
- もっと深く学びたい方へ
同一労働同一賃金にどう向き合うか——「対応」で終わらせない人事の視点
「同一労働同一賃金の法律対応は終わったが、本当にこれで良いのか自信がない」「非正規社員からの不満がくすぶっている」——こんな状態に置かれている人事担当者の方は多いのではないでしょうか。
同一労働同一賃金のルール(パートタイム・有期雇用労働法の改正)が中小企業にも適用されてから数年が経ちます。「法律に違反しないように対応した」企業は多いですが、「本質的に処遇の公正性を高めた」企業はまだ少ないと感じています。
この記事では、同一労働同一賃金への対応を「コンプライアンス」で終わらせず、組織の公正性と人材活用を高める機会として捉える視点をお伝えします。
同一労働同一賃金の本質を理解する
「均等待遇」と「均衡待遇」の違い
同一労働同一賃金の原則には、「均等待遇」と「均衡待遇」という2つの概念があります。
均等待遇:職務内容と配置転換の範囲が同じであれば、雇用形態に関係なく同じ待遇にしなければならない原則 均衡待遇:職務内容・配置転換の範囲・その他の事情を考慮して、不合理な待遇差をなくす原則
「均等」は完全に同じことを求め、「均衡」は合理的な差異は認めつつも不合理な差異をなくすことを求めます。
多くの企業が「雇用形態が違うから差があっても仕方ない」という前提で設計していた処遇が、「その差は合理的に説明できるか」という問いに答えることを求められています。
「不合理な差別」は何かを理解する
判例では、「正規社員と非正規社員の処遇差が不合理かどうか」は、①職務内容の違い、②職務内容・配置転換の範囲の違い、③その他の事情(勤続年数・経験・能力など)の3点を総合的に判断する、という考え方が示されています。
「正規社員だから〇〇の手当がある」「非正規だから住宅手当がない」という雇用形態のみを根拠にした差は、不合理と判断されるリスクが高い。差があることの「合理的な説明」を準備しておくことが、法的リスクを下げるための基本です。
「対応した気」でいる危険性
「弁護士に確認して対応した」という状態でも、実態として不合理な格差が残っているケースは少なくありません。
法的な最低限の対応と、「真に公正な処遇」の間には大きな差があります。「対応した」という状態で満足していると、非正規社員の不満が蓄積し、優秀な非正規人材の離職や、労使トラブルのリスクが高まります。
よくある失敗パターン
失敗1:「不合理でない差の理由」を後付けで作る
「なぜ正規と非正規でこの差があるのか」という問いに対して、後付けで理由を作るケースがあります。実態は「正規だから」という理由しかなかったのに、「正規社員は責任範囲が広いから」という説明を後から付け加える。
これは法的な説明責任を果たすためには不十分ですし、社員の納得感も生まれません。
失敗2:「一部の手当を非正規にも付ける」だけで終わる
「食事手当・通勤手当を非正規にも拡大した」という対応で終わり、根本的な処遇設計を見直さないケースがあります。
個別の手当の均等化だけでなく、「どういう仕事をする人にどれだけの報酬を払うか」という処遇体系全体の見直しが、本質的な対応です。
失敗3:「非正規社員に説明しない」
対応内容を正規社員・管理職には説明するが、当事者である非正規社員への説明が不十分なケースがあります。
同一労働同一賃金の原則は、「正規・非正規双方に処遇差の内容を説明する義務」を求めています。説明がないと「何が変わったのか」が伝わらず、信頼が高まりません。
プロの人事はこう考える
「処遇体系の再設計」の機会として捉える
プロの人事は、同一労働同一賃金への対応を「処遇体系全体を見直す機会」として捉えます。
「どの仕事にどれだけの報酬を払うか」という基本原則から処遇体系を再構築することは、非正規社員の処遇改善だけでなく、「正規社員の処遇が本当に合理的かどうか」を見直す機会でもあります。
年功序列で膨らんだ正規社員の賃金が「仕事の価値」と乖離している場合、この問題にも向き合うことになります。これは困難を伴いますが、長期的には組織の賃金の健全性を高めます。
「非正規社員のキャリアパス」とセットで考える
同一労働同一賃金への対応と並行して、「非正規社員が正規化・昇進できる仕組み」を整備することが重要です。
「今は非正規だが、このキャリアパスを経て正規になれる」「パートタイムから始めてフルタイムに転換できる」という可能性を示すことで、非正規社員のエンゲージメントと長期的な定着率が上がります。
処遇の平等化と同時に「成長・昇進の機会の平等化」も実現することで、組織全体の人材活用度が高まります。
「合理的な差」を言語化しておく
正規・非正規の処遇差が残る場合、その差の「合理的な説明」を明文化しておくことが法的・文化的なリスク低減につながります。
「正規社員は転勤・職種変更を含む配置転換に応じる義務がある。それに対するリスクプレミアムとして基本給が高い」という説明が、社員・労働基準監督署・裁判所に対して説得力を持つかどうかを事前に確認しておく。
弁護士・社会保険労務士との連携が重要です。
明日からできる3つのこと
1. 正規・非正規間の処遇差を「項目別」にリストアップする(2時間)
基本給・賞与・各種手当(住宅・通勤・食事・家族など)・福利厚生・教育訓練機会の各項目で、正規と非正規の処遇差をリストアップしてください。それぞれの差の「合理的な説明」が言語化できるかを確認する。できないものがあれば、対応の優先順位を検討します。
2. 非正規社員から「処遇に関する意見・不満」を収集する(2〜3時間)
非正規社員を対象としたアンケートまたはインタビューで「現在の処遇についてどう感じているか」「改善してほしいことは何か」を聞いてみてください。「法律上問題ない」と思っていても、当事者の感覚と乖離がある場合があります。
3. 「処遇差の説明」を非正規社員に行う機会を設ける(次の機会に)
次の期初または人事異動のタイミングで、非正規社員に対して「現在の処遇体系と、正規との差はなぜ生じているか」を説明する機会を設けてください。説明を聞いた非正規社員から納得の声が出れば良し、疑問が出れば対応の余地があるサインです。
まとめ
同一労働同一賃金への対応は「法令遵守のコスト」ではなく、「組織の処遇公正性を高め、すべての雇用形態の人材が意欲を持って働ける環境を作る投資」として捉えることが重要です。
「施策の効果は売上伸長・コスト削減・リスク低減の3つで整理する」——同一労働同一賃金への本質的な対応は、「優秀な非正規人材の定着(コスト削減)」「労使トラブルのリスク低減(リスク低減)」「非正規人材の生産性向上(売上伸長)」という形で事業に貢献します。
もっと深く学びたい方へ
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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