報酬設計が「なんとなく」のまま続くと、気づかないうちに優秀な人が離れていく
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報酬設計が「なんとなく」のまま続くと、気づかないうちに優秀な人が離れていく

#エンゲージメント#採用#評価#組織開発#経営参画

報酬設計が「なんとなく」のまま続くと、気づかないうちに優秀な人が離れていく

「年収を上げてほしい」——退職面談でこの言葉を聞くことがあります。でも、その真意は「単純に給与が低い」ということとは限りません。多くの場合、「自分の貢献に対して正当に評価されていないと感じる」という、報酬に対する「不公平感」が背景にあります。

報酬設計は、「何に対していくら払うか」の原則を設計することです。仕事の難易度・役割の重さ・成果の貢献・スキルの市場価値——これらのどこに重点を置くかで、組織のメッセージが変わります。そして、そのメッセージは「どんな人が集まり、どんな人が残るか」に直結します。

「うちは競合よりも給与水準が低い」という問題も重要ですが、それと同時に「報酬の設計原則が明確でない」「何がどう評価されて給与が決まるかが社員に見えていない」という問題も大きいと思っています。

報酬設計は人事の仕事の中でも最もデリケートな領域の一つです。この記事では、報酬設計の基本と、人事が押さえておきたいポイントをお伝えします。


なぜ報酬設計は難しいのか

「市場水準」と「社内公平性」の両立が難しい

報酬設計には2つの軸があります。「外部市場との競争力(外的公平性)」と「社内での公平感(内的公平性)」です。

市場水準を重視すれば、職種・スキルによって報酬格差が大きくなります。人気の高いエンジニアやデータサイエンティストは市場価格が高く、他の職種との社内比較で「差が大きすぎる」と感じる社員が出ます。一方、内部公平性を重視しすぎると市場水準からかけ離れた低い報酬になり、優秀な人材が離れます。

この2つのバランスをどう取るかが、報酬設計の核心的な判断です。

「正解」がない

報酬設計に「業界標準の正解」はありません。成果主義的な報酬体系が機能する組織もあれば、チームワークが重要な組織では個人成果連動型が逆効果になることもあります。

「自社の事業特性・人材戦略・組織文化に合った報酬設計」を考えることが重要ですが、その答えは自社の外には存在しません。

変更に伴う痛みへの恐れ

報酬設計の見直しは、現状より下がる社員が出る可能性があります。「今もらっている給与より下がる」という変化は、当然大きな反発を生みます。その恐れから、「現状を変えられない」という状態が続くことがあります。

報酬設計の変更には、丁寧な移行設計(経過措置・段階的移行)と、十分なコミュニケーションが不可欠です。


よくある失敗パターン

失敗①:「隣の会社の制度」を参考にしすぎる

「うちと規模が近いあの会社が年俸制を導入して成功した」「競合がOKRと連動した評価制度を作った」という情報を参考に、同様の制度を導入しようとすることがあります。

でも、隣の会社の成功は「その会社の事業特性・文化・人材構成」に合った結果です。同じ制度が自社で機能するとは限りません。「他社で成功した制度を自社に持ち込む」発想ではなく、「自社の課題を解決するための報酬設計」という視点が重要です。

失敗②:「透明性がない」報酬設計

「なぜ自分の給与は○○円なのか」が社員に説明できない報酬設計は、「不公平感」の温床になります。

・給与テーブルが存在しない・公開されていない ・昇給の基準が不透明 ・同じ等級でも給与のばらつきが大きく、理由が説明できない

「透明性」は必ずしも「全員の給与を公開する」ことではありません。「この等級は給与範囲がこの範囲で、この要因で変動する」という原則が説明できることが重要です。

失敗③:固定給と変動給のバランスが事業と合っていない

変動給(賞与・インセンティブ)の割合が大きすぎると、「業績が安定しない」「事業の変動が社員の生活に直結する」というリスクが生まれます。一方で固定給のみだと、成果への意欲が高まりにくい場合もあります。

事業の安定性・社員への期待成果のタイプ・人材の価値観に合わせた、固定給と変動給のバランスを設計することが重要です。


プロの人事はこう考える

知る:自社の報酬の「今の実態」を把握する

報酬設計を考えるには、まず「今の自社の報酬の実態」を数字で把握することが重要です。

・等級別の給与分布(最大・最小・中央値) ・市場データとの比較(職種・等級別の市場中央値との乖離) ・年齢・年次と給与の相関 ・離職者の報酬水準と市場との比較

これらを見ることで、「どこで市場水準から乖離しているか」「内部公平性の問題はどこか」が見えてきます。

「経年変化を眺める→アイディア→人事施策→費用対効果→選択」というステップで考えると、報酬設計も経営視点で語れるようになります。

考える:報酬設計の「3つの目的」で整理する

報酬設計を考えるとき、「売上伸長・コスト削減・リスク低減」の3軸で整理することが、経営への説明を容易にします。

売上伸長への貢献:成果に連動した報酬で、高業績者の動機付けを高める → 変動給の設計

コスト削減への貢献:人件費を適正化し、採用コスト・離職コストを最小化する → 報酬競争力の確保

リスク低減への貢献:報酬の不公平感からくる離職・訴訟リスクを低減する → 透明性と公平性の確保

この3軸で報酬設計の投資対効果を経営に語ることができると、報酬改定の議論がしやすくなります。

動く:市場データを取得して現状を確認する

報酬設計の改善を始めるには、まず「市場データと自社の乖離」を把握することが重要です。

人事院の給与実態統計、就職・転職サービスが提供する給与データ、外部の給与調査(マーサー、タワーズワトソン等)などを活用して、自社の給与水準を市場と比較します。

「どの等級・職種で市場から外れているか」を把握した後、「その乖離が離職率に影響しているか」を確認する。この分析が、報酬改定の優先順位を決める根拠になります。

振り返る:報酬満足度を定期的に測る

エンゲージメントサーベイの中に「報酬への満足度」「報酬の公平感」の設問を組み込んでいますか?

報酬への不満は、退職の直接的な引き金になることが多いです。サーベイで定期的にモニタリングし、不満が高い場合は「市場との乖離」と「内部不公平感」のどちらに問題があるかを確認することが重要です。


明日からできる3つのこと

1. 等級別の「現在の給与分布」を可視化する(60分)

現在の社員の等級と給与を一覧化して、等級ごとの給与分布(最大・最小・中央値)を確認してみましょう。「同じ等級なのに給与が大きく異なる」というケースが多い場合、それが不公平感の原因になっている可能性があります。

着手ポイント:まず人事システムや給与台帳から等級別の給与リストを作るだけで実態が見えてきます。

2. 「転職した社員の次の年収」を3人確認する(30分)

退職した社員が次の会社でどのくらいの年収になったかを、可能な範囲で確認してみましょう。「自社より○○%高い会社に転職した」というデータが見えると、報酬競争力の問題が具体的になります。

着手ポイント:LinkedInや転職エージェントの情報から把握できることもあります。退職面談での確認も有効です。

3. 「報酬の決まり方」を一人の社員に説明してみる(30分)

社員一人に「あなたの現在の給与はどう決まっているか」を説明してみましょう。うまく説明できなければ、「透明性の問題」が報酬設計の優先課題です。

着手ポイント:実際に説明してみることで、「どこが説明できないか」が明確になります。


まとめ

報酬設計は、「何に対していくら払うか」という組織のメッセージを形にするものです。そのメッセージが「正直に・公平に・市場競争力を持って」伝わることが、優秀な人材の採用・定着・動機付けにつながります。

「経営数字からの発想×組織状況からの発想=両利きの人事」という観点から、報酬設計も「人件費というコスト」ではなく「人材への投資とその効果」として考えていくことが重要だと思っています。

完璧な報酬体系を一気に作ろうとしなくていいです。まず「現状の実態を把握する」——そこから始めることで、報酬設計の改善の優先順位が見えてきます。


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吉田洋介

人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』

リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。

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