副業解禁後に増える労務リスク——人事が知っておくべき実務の落とし穴
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副業解禁後に増える労務リスク——人事が知っておくべき実務の落とし穴

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副業解禁後に増える労務リスク——人事が知っておくべき実務の落とし穴

「副業を解禁したが、その後の労務管理に自信がない」「副業者が増えてきて、何か問題が起きないか不安」——副業・兼業制度を導入した企業の人事担当者から、こうした声をよく聞きます。

厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」改定(2020年)以降、副業解禁を打ち出す企業が増えています。でも「解禁した後の管理」について十分な準備をしている企業は多くありません。

この記事では、副業解禁後に発生しうる労務リスクと、それへの対処法をお伝えします。


副業解禁が生む新しい労務課題

労働時間の通算問題

副業を解禁した場合、最も重要な労務管理の課題が「労働時間の通算」です。

労働基準法では、同一労働者について複数の事業場での労働時間を通算することとされています。つまり、本業で7時間、副業で4時間働いた場合、合計11時間となり、法定労働時間(8時間)を超える3時間分については割増賃金の支払い義務が発生します。

この通算規定が適用されることで、「副業先の時間外労働に割増賃金を払わなければならなくなる」という問題が生じます。どちらの企業が割増賃金を負担するかは「時間外労働が発生した順序」で決まるという複雑な規定があり、これを理解して管理することが必要です。

健康管理・過重労働リスク

副業によって本業と副業を合わせた総労働時間が増加し、過重労働に陥るリスクがあります。

月80〜100時間を超える長時間労働は、脳・心臓疾患や精神疾患のリスクを高めます。副業している社員が過重労働で健康を損なった場合、「使用者として適切な健康管理をしたか」という問題が生じます。

「副業の申請を受けただけで管理はしていない」という状態では、使用者として適切な対応をしたとは言えません。

情報漏えい・競業他社への流出

副業先が自社の競合企業だった場合や、副業を通じて自社の機密情報が漏えいした場合のリスクも考慮が必要です。

「副業先はどこでも自由」という無制限の解禁は、情報漏えいリスクと競業リスクを高めます。一定の制限(競合他社への副業禁止、守秘義務の徹底など)を就業規則に明記することが必要です。


よくある失敗パターン

失敗1:「申請さえすれば何でもOK」の設計

副業申請書を提出してもらえば、内容は問わない——という設計は、リスク管理として不十分です。

副業先の業種・業務内容・労働時間・労働条件の確認なしに承認すると、競業・情報漏えい・過重労働などのリスクを事前に把握できません。

申請書で「副業先の業種・週当たりの勤務時間・業務内容の概要」を報告してもらい、承認基準(競合他社への副業禁止、週〇時間を超える副業は要相談など)を明確にすることが必要です。

失敗2:就業規則の副業規定が「既存のままコピー」

「副業は原則禁止」と書かれていた就業規則を、「届け出制にする」という変更だけで済ませるケースがあります。

副業に関する規定は、禁止から許可制への変更だけでなく、「労働時間の通算管理」「情報管理義務」「競業避止義務の範囲」「副業中の事故に関する責任の所在」など、多くの事項を整備する必要があります。

失敗3:「副業状況の変化」をフォローしない

副業を申請した時点での情報を確認するが、その後の状況変化(労働時間の増加、副業先の変更など)を確認しないケースがあります。

副業を開始した後も、定期的(半年・年1回)に副業状況の再確認を行い、変化があれば届け出るよう規定することが必要です。


プロの人事はこう考える

「許可制」で管理する仕組みの設計

副業を「届け出制」でなく「許可制」とすることで、より確実なリスク管理ができます。

「申請→審査→承認」のプロセスを設けることで、競業・情報漏えい・過重労働のリスクを事前に評価できます。承認基準を就業規則に明記し、「なぜこの副業が承認されないのか」を具体的に説明できるようにすることが重要です。

労働時間管理の現実的なアプローチ

副業社員の「他社での労働時間」を正確に把握し、通算管理することは実務上困難です。

厚生労働省のガイドライン(2020年改定)では、「管理モデル」という考え方が示されています。本業・副業それぞれの所定労働時間の範囲内であれば割増賃金の問題は生じないため、副業の労働時間に「所定内に収めること」という条件を付けて管理する方法です。

副業社員に「他社の所定労働時間内に収まる副業に限る」という条件を設けることで、通算管理の複雑性を回避しながら一定のリスク管理ができます。

健康管理の仕組みを作る

副業社員の過重労働リスクを管理するために、健康管理の仕組みを追加することが重要です。

副業申請時に「本業と副業を合わせた週の想定労働時間」を申告させる。年1回の健康診断時に副業状況を確認する。産業医・保健師が副業社員の健康状態を確認できる仕組みを作る——これらが副業に関連した過重労働リスクへの対処です。

経営に語れる副業のメリットとリスクの両面

副業制度を経営に提案・報告する際、メリットだけでなくリスクとその管理方法もセットで伝えることが重要です。

「副業解禁は採用競争力向上・従業員の副収入・スキルアップという効果がある一方、適切な管理なしでは〇〇というリスクがある。このような管理体制を整えることで、リスクをコントロールしながらメリットを享受する設計にします」という形で経営に説明することが、人事への信頼につながります。


明日からできる3つのこと

1. 現在の就業規則の副業規定を確認する(1時間)

就業規則の副業に関する条項を確認し、「労働時間の通算」「競業避止」「情報管理」「許可・届け出の基準」が明記されているかを確認してください。不十分な部分があれば、社会保険労務士・弁護士への相談の優先度を上げることを検討します。

2. 副業申請者の「副業内容と労働時間」を把握する(2時間)

現在副業申請している社員のリストを確認し、副業先の業種・週の副業時間の申告状況を確認してください。「申請はあるが内容がほとんど把握できていない」という状態であれば、再申告のフォームを設けることを検討します。

3. 副業に関するQ&Aを従業員向けに作成する(2〜3時間)

「副業を始める際に何を申請すればいいか」「副業中の事故はどうなるか」「副業先を変える場合はどうするか」など、副業に関するよくある質問と回答をまとめたFAQを作成し、社内に共有してください。これが副業に関するトラブルを事前に防ぐ効果を持ちます。


まとめ

副業解禁は「制度を作って終わり」ではなく、「制度を作った後の管理体制の整備」が最も重要です。

「悩まなくていいことは手放し、本当に悩むべきことに時間を使う」——副業の労務管理については、専門家(社会保険労務士・弁護士)に相談する部分は任せ、人事が本当に考えるべき「副業を通じて従業員と組織に何をもたらすか」という設計の問いに集中することが大切です。


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吉田洋介

人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』

リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。

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