
内部通報制度を「使える仕組み」にするための設計と運用
内部通報制度を「使える仕組み」にするための設計と運用
「内部通報制度はあるが、ほとんど使われていない」——多くの会社でこの状況が続いています。
公益通報者保護法の改正(2022年施行)により、一定規模以上の企業に内部通報体制の整備が義務化されました。制度を「作る」ことと「使える状態にする」ことは全く別の話です。
内部通報制度が機能していない組織では、問題が内部で解決されずに外部通報・マスコミへのリーク・SNSへの拡散という形で顕在化するリスクがあります。そのリスクを事前に防ぐためにも、「使える制度」を設計することが人事・コンプライアンス担当者の役割です。この記事では、内部通報制度の設計と運用の実践的なポイントをお伝えします。
なぜ内部通報制度は機能しないのか
構造的原因1:通報者が「報復を恐れる」
「通報したら、誰が通報したかバレて、職場で不利になる」という恐怖が、制度利用の最大の障壁です。
「匿名で通報できる」と書いてあっても、「本当に匿名が守られるか」という信頼がなければ使われません。実際に「通報後に人事評価が下がった」「異動させられた」という事例が一件でも起きると、制度への信頼は地に落ちます。
構造的原因2:「何が通報の対象か」が曖昧
「不正や違法行為を通報してください」というメッセージは、実際に通報しようとしている人にとっては曖昧すぎます。「これは通報していい案件なのか」「自分が被害を受けているわけではないが、見ていて問題だと思うことは対象になるか」——こういった疑問に答えられない制度は、利用のハードルが高い。
「通報できる案件の例」を具体的に示すことが、利用促進につながります。
構造的原因3:通報後の「プロセスが見えない」
「通報した後、どうなるのか」が不明確だと、「通報しても意味がないかもしれない」という不安が残ります。調査がどのような手順で行われるか、通報者へのフィードバックはあるか、最終的な対応結果はどのように伝えられるか——これらが設計されていないと、制度への信頼が生まれません。
よくある失敗パターン
失敗1:「窓口を作っただけ」で終わる
「内部通報窓口メールアドレスを作った」「外部の弁護士窓口を設置した」——これだけで「制度を整備した」と考えていると、実際の利用率はほぼゼロになります。
制度の存在を全社員が知っているか、どこから通報できるかが明確か、プロセスが理解されているか——これらの「周知・浸透」が機能の前提です。
失敗2:受付部門が「人事・総務」のみで利益相反がある
ハラスメントや不正行為の通報窓口が「人事部門」のみの場合、「加害者が人事部門の人間だったら報告できない」「人事に好かれていないと不利な扱いを受けそう」という懸念が生まれます。
受付窓口に外部(法律事務所・第三者機関)を加えることで、利益相反のリスクを減らし、通報者が安心して使える環境を作ります。
失敗3:通報後の調査体制が曖昧
通報を受け付けた後、「誰が調査するか」「どの範囲を調査するか」「調査結果をどこが判断するか」が設計されていないと、通報が来てから慌てる。調査が恣意的に見えるリスクが生まれます。
調査体制(調査チームのメンバー・中立性の確保・外部弁護士の関与の基準)を事前に設計しておくことが、いざというときの対応品質を高めます。
プロの人事はこう考える
知る:公益通報者保護法の改正ポイントを把握する
2022年6月施行の公益通報者保護法改正の主なポイント:
①常時使用する労働者が300人超の事業者に、通報窓口の設置・内部調査体制の整備・通報者の秘密保持・不利益取扱いの禁止のための体制整備が義務付けられた。
②保護の対象が広がった(退職後1年以内の退職者・役員も保護対象)。
③通報者への不利益取扱い禁止の規定が強化され、違反した場合のリスクが高まった。
法令要件を最低基準として理解した上で、「自社としてどんな制度を作るか」を考えることが人事の役割です。
考える:制度の「信頼性」を設計する4つの要素
①匿名性の確保:匿名通報が可能で、通報者が特定されないプロセスを設計する。外部窓口(法律事務所等)を活用することで、匿名性の信頼度が高まります。
②調査の独立性:通報された内容の調査は、通報対象者の上位者や利害関係者が調査に関与しない体制を設計します。
③フィードバックの仕組み:「通報を受理した」「調査中である」「調査結果に基づき対応した(詳細は開示できないが対処した)」という段階的なフィードバックを通報者に行う仕組みを作ります。
④教育と周知:入社時・年1回の全社研修で「どんな場合に通報できるか」「通報後のプロセスはどうなるか」「通報者は保護される」という情報を繰り返し伝えます。
動く:「通報しやすい環境」のためのコミュニケーション設計
制度の周知は「メールで全社に通知する」だけでは不十分です。
管理職向け研修で「部下が通報したいと思ったら、報復してはいけない」という明確なメッセージを伝えます。全社員向けには「こんな場合に使える制度です」という具体例を示した説明を行います。経営がメッセージを出すことで「会社として本気で取り組む制度」という信頼が生まれます。
振り返る:制度の「利用状況」と「事後対応の質」を確認する
年1回、「何件の通報があったか」「どのような案件だったか(詳細ではなくカテゴリー)」「対応結果はどうだったか」を振り返ります。
利用件数がゼロでも「制度が機能している証拠」にはなりません。「実際に問題が起きているが通報されていないのでは」という視点で、制度の信頼性を評価することが大切です。
明日からできる3つのこと
1. 現在の内部通報制度の存在を「全社員が知っているか」確認する(即日)
社内の別部門の社員(人事以外)に「内部通報制度があることを知っていますか?」「どうやって通報できますか?」を聞いてみます。知られていなければ、周知から再設計が必要です。
2. 受付窓口の「外部化」を検討する(1週間)
現在の内部通報窓口が「人事部門だけ」なら、外部の法律事務所や第三者機関への委託を検討します。費用は発生しますが、制度への信頼と利用率が上がります。まずは顧問弁護士に「外部通報窓口として機能できるか」を相談することから始められます。
3. 「通報後のプロセス」をフローチャートに落とす(2時間)
「通報が来たら誰に報告するか」「調査チームはどう構成するか」「通報者へのフィードバックはいつ・どのように行うか」を簡単なフローチャートに落とします。実際に通報が来た時に慌てないための事前設計です。
まとめ
内部通報制度は「法令対応のために存在する制度」という位置づけから、「組織の問題を早期発見・早期解決するための制度」として活用できる仕組みに育てることが重要です。
「手段ありきではなく、目的から設計する」という視点では、内部通報制度の目的は「法令遵守」だけでなく「組織の健全性を守り、信頼を維持すること」です。その目的に沿った制度設計と運用が、長期的な組織の持続可能性につながります。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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