
健康経営を「取り組んでいる」から「成果が出る」に変える人事の役割
健康経営を「取り組んでいる」から「成果が出る」に変える人事の役割
「健康経営優良法人の認定を取った。でも社員の健康状態は特に改善していない」——認定取得がゴールになっている会社で、よく聞かれる声です。
健康経営は「社員の健康を経営的な視点で考え、戦略的に実践する取り組み」です。「健康診断を実施しました」「ストレスチェックをやりました」という「やっている」状態から、「欠勤率が下がった」「生産性指標が改善した」「採用競争力が高まった」という成果につなげることが、健康経営の本来の目的です。
この記事では、健康経営を「数字の改善」につなげるための人事の役割と、実践のポイントをお伝えします。
なぜ健康経営は「形式」になりやすいのか
構造的原因1:「健康管理は個人の問題」という認識が根強い
「健康は自己責任」「会社が社員の健康を管理するのは過干渉では」という感覚が経営者・管理職に残っている場合、健康経営への組織的な投資に消極的になります。
「社員の健康と事業の成果は連動している」という認識——欠勤・プレゼンティーイズム(出社しているが生産性が低い状態)・メンタルヘルス不調による離職——これらのコストが定量化されると、経営の関心が変わります。
構造的原因2:担当が「健康管理室・産業保健スタッフ」だけに閉じている
健康経営の施策が、人事・産業保健スタッフの専門業務として分離していると、現場管理職や経営との連携が生まれません。
「社員の生活習慣を変える」「長時間労働を減らす」「ストレスの根本原因に対処する」——これらは現場管理職の行動・会社の制度・経営の意思決定と不可分です。健康経営は「人事全体の課題」として位置づけることが必要です。
構造的原因3:「やること」が目的になっている
「健康診断受診率100%」「ストレスチェック実施」「禁煙プログラム導入」——これらは手段です。しかし「手段を実施したこと」が報告され、「その結果社員の健康状態はどう変わったか」「生産性・欠勤率はどう変わったか」という成果が問われないと、手段の実施が目的化します。
よくある失敗パターン
失敗1:「健康診断の案内と集計」が人事の健康業務の全て
健康診断の手配・受診勧奨・結果の管理——これを「健康管理業務」と捉えている場合、健康データが「ファイリングして終わり」になります。健康診断結果から「要受診・要経過観察の社員」へのフォローを組織的に行うことが、健康経営の出発点です。
失敗2:ストレスチェックの結果を「個人に返して終わり」
ストレスチェックは「個人の結果」と「集団(職場)の結果」の2種類の情報を生みます。個人への結果通知だけで終わっている場合、「職場全体のストレス要因」という情報が活用されません。
集団分析結果を部門長・人事・経営と共有し、「この部署に改善が必要な職場環境の課題がある」という組織的な対処につなげることが、制度の本来の活用方法です。
失敗3:メンタルヘルス不調者が出てから「対処」する
メンタルヘルス不調の「後手対応」(休職・復職支援)には多くのリソースが必要です。不調を早期に発見し(早期支援)、さらには不調の原因となる職場環境に先手を打つ(予防)という3段階の視点が重要です。「不調者が出てから動く」から「不調者が出る前に環境を整える」への転換が、健康経営の本質です。
プロの人事はこう考える
知る:健康経営を「ROI(投資対効果)」で語る
健康経営の投資対効果を示す指標:
①欠勤率(アブセンティーイズム):病気・健康問題による欠勤日数。欠勤1日のコスト(日当×生産性低下分)×削減日数で、節減額を試算できます。
②プレゼンティーイズム:出社しているが健康問題で生産性が下がっている状態。「生産性の何%が失われているか」を推計するツールがあります(SPQ・WFUNなど)。アブセンティーイズムより規模が大きい場合が多い。
③医療費・保険料:健保組合の医療費データと健康施策の相関を分析することで、投資対効果を定量化できます。
④離職率・採用コストとの関係:「健康で働ける会社」という評価が採用競争力に影響します。健康経営優良法人の認定企業は、求人への応募増・内定承諾率向上という効果が報告されています。
考える:健康経営の「4つの施策層」
①個人の健康行動支援:禁煙・運動・睡眠・栄養など、生活習慣改善のプログラム。「やりたい人に提供する」自発的な参加型にすることで、効果が上がりやすい。
②職場環境の整備:長時間労働の削減・ハラスメントのない職場作り・適切な評価・裁量の確保。これが健康に最も大きな影響を与えます。
③早期発見・早期支援:ストレスチェック結果の活用・産業医面談・1on1でのサインキャッチ・EAP(従業員支援プログラム)の活用。
④復職支援:メンタルヘルス不調・身体疾患から復職する社員への段階的支援。復職後の定着率を高めることが、組織全体のコスト削減につながります。
動く:ストレスチェック集団分析を「部門改善会議」に活用する
ストレスチェックの集団分析結果を各部門長にフィードバックし、「この部署の課題を一緒に考えましょう」という部門改善会議を設定します。
フィードバックの際に心がけること:批判的にならず「データが示していること」を事実として共有する。「この数値をどう改善するか」を部門長と一緒に考えるスタンスで臨む。人事が「問題を指摘する側」ではなく「一緒に解決する側」として機能することが、部門の協力を引き出します。
振り返る:「健康経営の成果指標」を毎年経営に報告する
欠勤率の推移・ストレスチェック高ストレス者比率の変化・メンタルヘルス不調者数・医療費の動向——これらを年次の健康経営レポートとして経営に報告します。「健康に投資した成果」を数字で示すことが、来年度の健康経営予算の承認につながります。
明日からできる3つのこと
1. 直近のストレスチェック集団分析結果を確認し、課題がある部署を特定する(1時間)
集団分析結果のうち、「高ストレス判定者の割合が高い部署」や「仕事の量・コントロール・上司サポートの指標が低い部署」を特定します。その部署の部門長に、フィードバックの面談を申し込みます。
2. 「プレゼンティーイズム」という言葉を一度使って経営に報告する(次回の報告機会)
次回の経営報告に「社員が出社しているが体調不良で生産性が落ちているコストは、欠勤のコストより大きい」という視点を加えます。経営の健康経営への関心を高める「数字の視点」の提供です。
3. 産業医と「定期的な情報共有の場」を設定する(この1週間)
産業医との月次の定例連絡を設定します。「今月の面談状況」「気になるサイン」「職場で注意が必要なこと」を共有することで、早期発見・早期対応の仕組みができます。
まとめ
健康経営は「取り組んでいる」状態から「成果が出る」状態に変えることが目標です。そのためには、施策の実施を成果指標(欠勤率・プレゼンティーイズム・離職率)と連動させ、経営に数字で語ることが人事の役割です。
「経営数字から発想する人事」という観点では、健康経営は「社員のため」というだけでなく「生産性・コスト・採用力という経営課題への投資」として語れます。この言語化が、健康経営を「形式」から「戦略」に変える第一歩です。
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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