
コンピテンシーを設計するなら「使われる基準」を目指してほしい
目次
- なぜコンピテンシー設計は難しいのか
- 「定義が難しい」という本質的な問題
- 「網羅的にしよう」として複雑になりすぎる
- 「自社固有のもの」になっていない
- よくある失敗パターン
- 失敗パターン1:「コンサルに任せて出来上がったものをもらう」
- 失敗パターン2:評価にしか使わない
- 失敗パターン3:一度作ったら更新しない
- プロの人事はこう考える:コンピテンシーの設計
- まず「ハイパフォーマーへのインタビュー」から始める
- コンピテンシーは「5〜8個」に絞る
- 「行動レベル」の定義にこだわる
- 設計プロセスに現場を巻き込む
- 明日からできる3つのこと
- 1. 自社のハイパフォーマー3人に「うまくいった案件の話」を聞く(所要時間:各30〜60分)
- 2. 既存のコンピテンシーを「現場で使われているか」確認する(所要時間:管理職3人へのヒアリング、各30分)
- 3. コンピテンシーを「5個に絞るとしたら」を考えてみる(所要時間:2〜3時間)
- まとめ:コンピテンシーは「使いながら育てるもの」
- もっと深く学びたい方へ
コンピテンシーを設計するなら「使われる基準」を目指してほしい
「コンピテンシーモデルを作ったけど、現場で使われていない」「定義が抽象的すぎて、評価に使えない」——コンピテンシー設計に取り組んだものの、こういった問題に直面している人事の方は少なくないのではないでしょうか。
コンピテンシー(Competency)は、「高い業績を生み出す行動特性」のことです。採用・育成・評価の基準として活用できる便利な概念ですが、うまく設計・運用しないと「大量の言葉が並んだ文書」で終わってしまいます。
ある通信系企業の人事担当者が、率直に話してくれました。「外部コンサルに50万円払ってコンピテンシーモデルを作ってもらったが、管理職から『これを使って評価しろと言われても、何がどう違うのかわからない』という声が多かった。評価面談でコンピテンシーを使っている管理職は全体の2割以下だった。振り返ると、現場の管理職がほとんど設計に関わっていなかったし、定義が『顧客志向がある』『主体性がある』という抽象的な言葉ばかりで、実際の仕事と結びつかなかった。翌年に自社のハイパフォーマー5名にインタビューして、具体的な行動エピソードから作り直したら、管理職の利用率が上がり、1on1でも使ってもらえるようになった」と。
今日は、使われるコンピテンシーを設計するための考え方について、一緒に考えてみたいと思います。
なぜコンピテンシー設計は難しいのか
「定義が難しい」という本質的な問題
コンピテンシー設計の難しさの核心は、「活躍している人がなぜ活躍しているか」を言語化することの難しさにあります。
活躍している人に「なぜうまくいっているのか」を聞いても、「気合いと根性です」「経験があるので」という答えが返ってくることが多い。「暗黙知」の問題と同じで、その人も「なぜうまくいっているか」を自分で意識していないことが多いんです。
コンピテンシーを定義するには、活躍している人の行動を丁寧に観察し、「なぜその行動を取るのか」を深く聞き出すインタビューが必要です。「うまくいった案件で、あなたはどんな行動を取りましたか?」「そのとき、なぜそう判断したのですか?」という問いを重ねることで、「行動の裏にある思考・判断パターン」が見えてきます。これは相当な時間と技術を要する作業です。
「網羅的にしよう」として複雑になりすぎる
コンピテンシー設計でよくある失敗は、「漏れなく定義しよう」として、コンピテンシーの数が20〜30個になってしまうことです。
項目が多すぎると、評価で全部を使おうとすると膨大な手間がかかります。「こんなに多いなら、適当にチェックするしかない」という状態になると、コンピテンシーは機能しなくなります。
20個のコンピテンシーを一人の被評価者に当てはめようとすると、評価者は「全部を真剣に考える」ことが難しくなります。結果として「コンピテンシーの評価時間が長くなるわりに、精度は低い」という状態に陥ります。
「自社固有のもの」になっていない
コンピテンシーは「自社で活躍する人の特徴」を定義するものです。でも、参考書籍やコンサルから提供されるコンピテンシーモデルをそのまま使ってしまうと、「どの会社にも当てはまる汎用的な定義」になってしまいます。
「主体性がある」「コミュニケーション能力が高い」——これは汎用的すぎて、「自社で活躍する人の特徴」を表していません。「自社の顧客に対して、〇〇な状況で△△という行動ができる」という自社固有の言語で定義されたコンピテンシーが必要です。汎用的な言葉は「なんとなく理解できる」感じを与えますが、「実際の行動変容」につながりにくいのです。
よくある失敗パターン
失敗パターン1:「コンサルに任せて出来上がったものをもらう」
外部コンサルにコンピテンシー設計を任せて、出来上がったものを「はい、これがコンピテンシーです」と展開するパターンです。
設計プロセスに関わっていない現場の管理職や社員は、「これが自分たちの仕事ぶりを表しているのか」という実感が持てません。コンピテンシーは、設計プロセスに関わった人ほど使いこなせるようになります。
コンサルを活用するとしても、「コンサルが質問の設計やファシリテーションを担い、インタビューや議論は自社の管理職・ハイパフォーマーが参加する」という形にすることで、「自分たちで作ったもの」という当事者意識が生まれます。
失敗パターン2:評価にしか使わない
コンピテンシーを「評価の基準」としてしか使わないパターンです。
コンピテンシーは、採用時の「この人が活躍できるかどうかの見極め(面接質問の設計)」、育成時の「どの能力を伸ばすかの判断(育成計画の方向性)」、1on1での「成長の振り返り(フィードバックの言語)」にも使えます。評価だけでなく、「人と組織の成長を支える共通言語」として活用することで、コンピテンシーの価値は何倍にもなります。
「このコンピテンシーが体現できている具体的な行動は何か?」という問いを1on1に組み込むだけで、「成長のための対話」の質が上がります。
失敗パターン3:一度作ったら更新しない
事業や組織が変わっても、コンピテンシーを更新しないパターンです。
「5年前に作ったコンピテンシーが、今の事業環境にフィットしているか」——定期的な見直しが必要です。新規事業への参入、デジタル化の進展、組織規模の拡大——こういった変化に合わせて、「求められる行動特性」も変化します。コンピテンシーは「一度作って完成」ではなく、「活きている文書」として継続的に更新されるべきものです。
プロの人事はこう考える:コンピテンシーの設計
まず「ハイパフォーマーへのインタビュー」から始める
良いコンピテンシーを設計するための出発点は、「自社で最も活躍している人たち」へのインタビューです。
「あなたが担当した案件で最もうまくいったのはどれですか?そのとき、あなたはどんな行動を取りましたか?なぜそう判断したのですか?」「逆に、難しかった案件はどれですか?そのときどう対処しましたか?」——こういった行動面接法(BEI:Behavioral Event Interview)の質問を使って、具体的な行動エピソードを引き出します。
そのエピソードの中に「なぜこの人は活躍しているのか」のヒントがあります。複数のハイパフォーマーのエピソードを分析すると、「共通する行動パターン」が見えてきます。その共通パターンが、自社固有のコンピテンシーの素材になります。
コンピテンシーは「5〜8個」に絞る
コンピテンシーの数は、「5〜8個程度」に絞ることをおすすめします。
「多すぎる」より「少なすぎる」くらいが、実際には機能しやすいです。5〜8個なら、評価者も被評価者も「このコンピテンシーは何か」を覚えられます。覚えられるから、日常的に使えるようになります。
「手段ありきで人事を動かしてはいけない」という考え方があります。コンピテンシーも「網羅性」を追い求めるより、「現場で実際に使われること」を最優先に設計することが大切です。「〇〇が大切だから入れよう」という積み重ねで増えていくより、「これを入れると他の何を抜くか」という選択の視点を持つことが、コンピテンシーの数を適切に保ちます。
「行動レベル」の定義にこだわる
コンピテンシーの定義は、「行動レベル」まで落とし込むことが重要です。
「顧客志向」というコンピテンシーを例にすると:
- 抽象的な定義:「顧客の立場に立って考え、行動できる」
- 行動レベルの定義:「顧客から要望を受けたとき、要望の背後にあるニーズを確認する質問を必ずする。対応後は顧客の満足度を確認し、必要なら改善策を提案する。顧客の反応から学んだことを次の対応に活かす記録をつけている」
行動レベルで定義されたコンピテンシーは、「できているかできていないか」が評価しやすく、「どう行動を変えればいいか」も明確になります。評価後のフィードバックで「もう少し顧客志向を意識して」という抽象的な指摘より、「要望の背後にあるニーズを確認する質問をしていましたか?」という具体的な問いの方が、行動変容につながりやすいです。
設計プロセスに現場を巻き込む
コンピテンシーを「使われるもの」にするためには、設計プロセスに現場の管理職を巻き込むことが大切です。
「こういうコンピテンシーを考えているのですが、現場の実態に合っていますか?」「この定義で、実際の評価に使えると思いますか?」「あなたの部署のハイパフォーマーを思い浮かべたとき、この定義は当てはまりますか?」——こういったフィードバックを受けながら設計することで、「自分たちが作ったもの」という当事者意識が生まれ、使われやすくなります。
明日からできる3つのこと
1. 自社のハイパフォーマー3人に「うまくいった案件の話」を聞く(所要時間:各30〜60分)
コンピテンシー設計の第一歩として、自社で最も活躍していると思われる社員3人に、「最近うまくいった仕事の話」を聞いてみましょう。「そのとき具体的にどんなことをしましたか?」「なぜそういう行動を取ったのですか?」という質問を繰り返すことで、行動パターンが見えてきます。
インタビュー後に「3人に共通して出てきた行動・思考パターンは何か」を整理してみてください。これがコンピテンシーの素材になります。
2. 既存のコンピテンシーを「現場で使われているか」確認する(所要時間:管理職3人へのヒアリング、各30分)
もし既にコンピテンシーが存在するなら、管理職3人に「コンピテンシーを評価以外で使っていますか?」「コンピテンシーの定義は現場の実態に合っていますか?」「この定義を見たとき、どんな社員を思い浮かべますか?」を聞いてみましょう。
「使われていない」「合っていない」なら、改善の余地があります。「なぜ使われていないか」の原因を聞くことで、改善の方向性が見えます。
3. コンピテンシーを「5個に絞るとしたら」を考えてみる(所要時間:2〜3時間)
現在のコンピテンシーが多すぎるなら、「もし5個に絞るとしたら何を残すか」を考えてみましょう。絞ることで、「本当に重要なコンピテンシーは何か」が浮かび上がってきます。
選んだ5個について「なぜこれが自社で活躍するために重要か」を1行ずつ書いてみましょう。「なぜ」を言語化できると、現場への説明がしやすくなります。また「なぜ」を書けないコンピテンシーは、本当に必要かどうかを再検討する機会にもなります。
まとめ:コンピテンシーは「使いながら育てるもの」
コンピテンシーは、一度完璧に作るものではなく、「使いながら改善していくもの」です。
「小さく始めて、成功事例を作って横展開する」という考え方があります。コンピテンシーも、まず一つの職種・階層に絞って試してみて、「使えた」「こういう改善が必要だ」という経験を積んでから、全社に広げていく方が現実的です。
コンピテンシーが採用・育成・評価の共通言語として機能するようになったとき、「この会社で活躍する人を増やす仕組み」が生まれます。「現場で実際に使われるコンピテンシーを育てていく」ことを目指して、一歩ずつ進んでみてください。
もっと深く学びたい方へ
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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