
優秀な人が辞めていく組織に共通する「3つの見落とし」
目次
- 「優秀な人が辞める」問題の本質
- 退職面談の「本音」は表面に出ない
- 「辞める決断」はある日突然ではない
- 優秀な人が辞める「3つの見落とし」
- 見落とし1:「仕事の意味・成長感」を軽視している
- 見落とし2:「マネージャーとの関係性」を変えることを後回しにする
- 見落とし3:「キャリアの見通し」を提供できていない
- プロの人事はこう考える:リテンション施策の設計
- 「離職の前兆」を早期に掴む仕組みを作る
- 「個別対話」を増やす
- 「社内公募・タスクフォース」で成長機会を作る
- 明日からできる3つのこと
- 1. 「直近1年の退職者」の共通点を分析する(所要時間:2〜3時間)
- 2. 「在籍3〜5年目の社員」との個別面談を実施する(所要時間:各30〜60分)
- 3. 「月次のパルスサーベイ」を5問以内で始める(所要時間:設計に1〜2時間、毎月5分/人)
- まとめ:リテンションは「採用コストを守る投資」
- もっと深く学びたい方へ
優秀な人が辞めていく組織に共通する「3つの見落とし」
「採用してもすぐ辞める」「特に優秀な人が辞めていく」——こういった問題を抱えている企業は少なくありません。でもリテンション施策(定着率向上施策)として「給与を上げる」「福利厚生を充実させる」という方向にだけ向かってしまい、本質的な問題が見えていないケースも多いのではないでしょうか。
あるIT企業の人事担当者が、こんな経験を話してくれました。「毎年のエンゲージメントサーベイで『待遇満足度』は高いのに、3〜5年目の優秀な社員が続けて辞めていくという不思議な状況が続いていた。退職面談では『より良いチャレンジが欲しかった』という答えしか出てこない。思い切って退職後3ヶ月経った元社員に連絡を取ったら、『仕事の内容は良かったが、自分の意見が評価に全く反映されている実感がなくて、成長しているのかわからなくなった』という本音を聞けた。フィードバックの仕組みを整えて、半期ごとのキャリア面談を設けたら、次の年から3〜5年目の離職が明らかに減ってきた」と。
今日は、優秀な人が辞めていく組織に共通する見落としと、リテンション施策をどう設計すればいいかについて一緒に考えてみたいと思います。
「優秀な人が辞める」問題の本質
退職面談の「本音」は表面に出ない
退職理由として「一身上の都合」「スキルアップのため」「新しいチャレンジがしたかった」という言葉が並ぶことが多いですが、これが本当の理由かというと、そうとは限りません。
「辞めると決めた人は、本音を話してくれないことが多い」のが現実です。もう関係を終わらせると決めた場所で、本音の不満を話すメリットがないからです。
退職面談の本音率を上げるための工夫として、「面談担当を直属の上司でなく人事にする」「退職後3ヶ月後にフォローアップの連絡をする」「退職面談の回答が処遇に影響しないことを明示する」という方法があります。特に退職後3ヶ月経ったタイミングでの連絡は、「もう利害関係がない状態で本音を話してくれる」という体験をした人事担当者が多いです。
「辞める決断」はある日突然ではない
退職は「ある日突然」起きるように見えますが、実際には長い時間をかけて「離職意向」が高まっていくプロセスがあります。
「仕事への不満が積み重なる→他に良い環境があるのでは、という考えが頭をよぎる→転職サイトに登録する→面接を受ける→内定をもらう→退職を決意する」というプロセスです。
このプロセスの早い段階(最初の2〜3ステップ)で介入できれば、定着率は大きく改善できます。でも多くの場合、「転職先が決まってから」初めて問題に気づく。月次のパルスサーベイや定期的な1on1は、このプロセスの早期段階でサインをキャッチするための仕組みです。
優秀な人が辞める「3つの見落とし」
見落とし1:「仕事の意味・成長感」を軽視している
優秀な人が仕事に求めているものの上位に必ず来るのが、「成長できているか」「自分の仕事に意味があるか」という感覚です。
給与が十分でも、「この仕事では成長できない」「やりがいが感じられない」と感じた優秀な人は、「成長できる環境」を求めて転職します。リテンション施策が給与・福利厚生だけに向かっていると、この根本的なニーズを見落としてしまいます。
「成長感」を感じてもらうためには、「ストレッチアサインメント(今の能力をやや超えた挑戦的な仕事)」を意図的に与えることが効果的です。「楽にこなせる仕事」より「少し難しいが達成できた仕事」の方が成長感が高まります。また、「成長していることを本人が認識できるフィードバック」も重要です。優秀な人ほど「自分が成長しているのかどうか」への感度が高いです。
見落とし2:「マネージャーとの関係性」を変えることを後回しにする
「人は会社を辞めるのではなく、上司を辞める」という言葉があります。優秀な人が辞める理由として、マネージャーとの関係性の問題(コミュニケーションスタイルの不一致、フィードバックをもらえない、信頼されていない感覚など)が重要な要因であることが多いです。
でも「マネージャーを変える」のは難しいため、後回しにされやすい。リテンション施策がマネージャーの育成・評価に踏み込まないと、本質的な問題は解決しません。
「マネージャーを評価する仕組み(部下からの360度評価)」と「マネージャーのチームの定着率を管理職評価に反映させること」は、「マネージャーの行動を変える動機付け」として有効です。「部下が辞めてもマネージャーの評価には影響しない」という構造が続く限り、マネージャーのマネジメント改善は起きにくいです。
見落とし3:「キャリアの見通し」を提供できていない
「この会社でのキャリアの先が見えない」——これが長期的な離職意向の大きな要因です。
「5年後・10年後に自分はどうなっているか」が見えない状態で優秀な人はじっとしていません。「社内でのキャリアパス」を明確に示せているか、「個人のキャリア目標と会社の機会をつなぐ対話」ができているかが、長期的な定着のカギです。
特に3〜5年目の社員は「採用時の期待と入社後の現実のギャップを乗り越え、ある程度仕事がわかってきた段階」で、「このまま続けるか、キャリアチェンジするか」という岐路に立ちやすい時期です。この時期に「会社側がどんな未来を一緒に考えているか」を示せるかどうかが、長期定着の分岐点になります。
プロの人事はこう考える:リテンション施策の設計
「離職の前兆」を早期に掴む仕組みを作る
リテンション施策で最も重要なのは、「辞める決断をした後の対応」ではなく、「離職意向が高まりつつある段階での早期介入」です。
パルスサーベイ(週次・月次の短いサーベイ)で「今の仕事満足度」「上司への信頼」「成長実感」を定期的に計測する。突然のパフォーマンス低下、休暇取得の急増、会議での発言の減少——こういった「行動の変化」を管理職がキャッチできる仕組みを作る。
「優秀だから大丈夫」という思い込みが早期介入を遅らせます。離職意向と現在の業績は別問題です。「成果を出しながら転職活動をしている」という人は少なくありません。業績指標だけでなく、エンゲージメント・満足度指標を同時に追うことが重要です。
「個別対話」を増やす
リテンション施策として最も効果があるのは、実はシンプルです。「個別の対話を増やすこと」です。
1on1の質を上げる、半期に一度のキャリア面談を実施する、普段の業務の中で「どう感じているか」を聞く——こういった「個別に話を聞く機会」が増えると、「問題を早期に発見できる」と同時に、「自分のことを見てくれている」という感覚が社員に生まれ、定着率が高まります。
1on1の「質」のためには、マネージャーが「業務確認の場」ではなく「部下の成長と状態を確認する場」として1on1を捉えられるよう、人事が支援する必要があります。「1on1で何を聞けばいいか」という問いかけ集を管理職に提供するだけで、1on1の質が上がる経験をした人事担当者は多いです。
「社内公募・タスクフォース」で成長機会を作る
定着率向上のために「仕事の機会」を拡げる施策も重要です。
社内公募制度(他部署への異動希望を社員が申し込める)、プロジェクトへの参加機会(通常業務以外のプロジェクトチームへの参加)——こういった「今の部署・業務を超えた成長機会」を作ることで、「この会社にいながら成長できる」という感覚を持ってもらいやすくなります。
「社内公募の活用率」は、社員のキャリア意識とエンゲージメントの指標にもなります。活用率が低い場合、「制度を知らない」「使っても人事評価に影響しないか不安」という心理的障壁があることが多いです。制度の存在を定期的に告知し、「活用して異動した先輩社員の体験談」を共有することが、活用率を上げる具体的な方法です。
明日からできる3つのこと
1. 「直近1年の退職者」の共通点を分析する(所要時間:2〜3時間)
直近1年に退職した社員の「部署」「在籍年数」「上司」「業績評価」などを整理して、「共通点があるか」を確認してみましょう。「特定の上司のチームから離職が多い」「入社3〜5年目に集中している」などのパターンが見えたら、そこが改善の優先ポイントです。
パターンが見えた場合、「その部署・マネージャーへの個別ヒアリング」「在籍中の同期社員へのアンケート」を続けて行うと、「何が起きているか」の仮説が立てやすくなります。分析した結果を経営に報告する際は、「〇〇部署で入社3〜5年目の離職が集中しており、年間採用コスト換算で〇〇万円相当の損失が発生している可能性があります」という形で数字を添えると、改善施策の優先度が上がります。
2. 「在籍3〜5年目の社員」との個別面談を実施する(所要時間:各30〜60分)
リテンションリスクが高い「在籍3〜5年目の社員」数名と個別に話す機会を作りましょう。「今の仕事で満足していることと、物足りなく感じていることは何ですか?」「今後のキャリアで、どんなことに挑戦してみたいと思っていますか?」「もし今後の会社での仕事環境を一つ変えられるとしたら、何を変えますか?」という問いかけから始めてみてください。
面談後に「聞いて終わり」にならないことが大切です。「聞いた内容に基づいて、何かアクションを取れそうなことがあれば伝える」という姿勢が、「人事が本気で向き合っている」という信頼につながります。
3. 「月次のパルスサーベイ」を5問以内で始める(所要時間:設計に1〜2時間、毎月5分/人)
「今月の仕事満足度(0〜10点)」「上司との関係(0〜10点)」「成長実感(0〜10点)」「今の職場で働き続けたいか(0〜10点)」という3〜5問の超短いサーベイを月次で実施してみましょう。スコアの変化を追うことで、「離職意向が高まりつつある兆候」を早期に掴めるようになります。
サーベイのスコアが前月比で急落した社員がいた場合、そこから1〜2週間以内に管理職または人事から声をかける仕組みをセットにしましょう。「スコアを取るだけで何も変わらない」という状況が続くと、回答率が下がります。「スコアに基づいて実際にアクションが起きる」という体験が、次回以降の回答率を維持します。
まとめ:リテンションは「採用コストを守る投資」
優秀な人の定着率向上は、「人として良いことをすること」であると同時に、「採用投資を守ること」「生産性を維持すること」という経営的な価値があります。
「社員1名の早期離職で、採用・育成コスト合わせて数十〜百万円単位の損失が生じる」という現実を、数字で経営に示すことで、リテンション施策への投資が通りやすくなります。「在籍3〜5年目の離職が年3人から1人に減れば、採用コスト削減だけで〇〇万円の効果になる」という試算を持っておくことが、施策提案の根拠になります。
「辞めると言われてから対応する」ではなく、「辞めようと思い始める前に気づく」——これがリテンション施策の本質です。早期発見のための仕組みを、一歩ずつ作っていきましょう。
もっと深く学びたい方へ
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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エンゲージメント「辞めたい」という意思決定は、ある日突然起きない
突然、辞めると言ってきた——退職の報告を受けた管理職や人事担当者から、こういう言葉をよく聞きます。全然そんな素振りはなかったのにと。
エンゲージメントリテンション施策で「辞めさせない」だけを目指すと本質を見失う
離職率が高くて困っているという相談を受けるとき、何か引き止める施策を打ちたいという発想で動き始めることがあります。でも、辞めさせないを目的にした施策は、多くの場合根本的な解決にならないと思っています。