「辞めたい」という意思決定は、ある日突然起きない
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「辞めたい」という意思決定は、ある日突然起きない

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「辞めたい」という意思決定は、ある日突然起きない

「突然、辞めると言ってきた」——退職の報告を受けた管理職や人事担当者から、こういう言葉をよく聞きます。「全然そんな素振りはなかったのに」と。

でも実は、「ある日突然辞める決意をする」人はほとんどいません。転職の意思決定は、多くの場合、数ヶ月から数年かけて緩やかに形成されます。最初は「なんとなく不満」があり、「転職サイトに登録してみる」段階があり、「エージェントに話を聞いてみる」段階があり、「オファーをもらって本格的に考え始める」段階を経て、「辞めます」という言葉になります。

この長いプロセスの中に、「早期発見・早期介入」のポイントは複数あります。「辞めます」という言葉が出てから引き止めようとするのは、最も難しい段階での介入です。それよりずっと前の段階で気づいて向き合うことが、本当の意味での離職予防につながります。

この記事では、離職意向の早期発見と早期対応のアプローチをお伝えします。


なぜ「突然辞める」ように見えるのか

シグナルは出ていたが、見逃していた

実際には多くの場合、「辞めたいと思い始めている」サインが何ヶ月も前から出ています。でも、それが「辞める前兆」として認識されていないことが多い。

・仕事への関与度が下がっている(残業が減った・主体的な発言が減った) ・1on1での会話量が減った、表面的な話しかしなくなった ・ミーティングでの発言が減った ・昼食をチームで食べなくなった ・些細なことに対して不満を示すようになった

これらは「パフォーマンスの問題」「体調の問題」「プライベートの変化」など、様々な原因がある可能性がありますが、同時に「離職意向の萌芽」でもあることがあります。

「言いにくい環境」が予兆を見えにくくする

「不満を言うと評価が下がる」「辞めたいと思っていることを上司に言いにくい」という文化がある組織では、社員は「転職活動が具体化するまで話さない」という行動をとります。

心理的安全性が低い組織では、離職の兆候が表面に出てきにくく、「突然辞める」という形で表れやすくなります。

マネジャーが「サインを読む力」を持っていない

部下の状態変化に気づくには、「普段の状態を知っていること」が前提です。常に部下の仕事ぶり・発言・様子を観察し、「いつもと違う」に気づく感度が必要です。

この感度は経験で磨かれますが、「意識的に観察する習慣」がなければ経験が積まれません。マネジャーへの「1on1の質の向上」や「部下観察の習慣づくり」が、早期発見の基盤になります。


よくある失敗パターン

失敗①:退職面談での「本音引き出し」だけに依存する

退職面談で「本当の退職理由を聞き出す」ことに注力している組織がありますが、退職を決めた人が「本当の理由を話してくれる」可能性は限られています。特に「批判的なことを言ったら困る」という懸念があれば、「一身上の都合」や「キャリアチェンジ」といった差障りのない理由が出てきます。

退職面談は「改善のヒント」として有用ですが、それだけに依存していると情報の精度が低くなります。

失敗②:「エンゲージメントサーベイ」の結果を見ているだけ

サーベイのスコアを定期的に確認しているが、「低スコアの部門・チームへの個別対応」がない——という状態があります。

サーベイは「発見のツール」ですが、それ自体が問題を解決するわけではありません。「低スコアが出た → 該当のマネジャーへのサポート → 個別の1on1 → 状況確認と対話」というアクションのサイクルが必要です。

失敗③:「辞めると言い出した人への対応」が場当たり的

「辞めると言ってきた → 慌てて給与を上げる・部署を変える」という場当たり的な対応は、「今回は引き止めた」かもしれませんが、「次の不満が蓄積したとき」にまた同じことが起きます。

「辞めると言ってきた人への個別対応」と「組織全体の離職予防の仕組み」の両方を持つことが重要です。


プロの人事はこう考える

知る:「離職の兆候リスト」を持つ

マネジャーや人事が「離職の兆候」として認識すべき行動・状態の変化をリスト化しておくことが有効です。

離職リスクが高まっているシグナルの例: ・仕事への関与度の急激な低下(残業量の急減・成果物の質の低下) ・1on1での話す内容の変化(未来の話が減り・現状の不満が増える) ・同期や仲良い同僚の退職後に変化が生まれる ・評価結果への不満が表れる(昇進・昇給機会を逃した後) ・ライフイベント(結婚・出産・家族の介護)後の変化 ・業務への参加が形式的になる

これらのシグナルを「察知したら確認する」というプロセスを仕組みとして持つことが重要です。

考える:「早期発見の仕組み」を設計する

離職意向の早期発見には、以下の仕組みが有効です。

月次パルスサーベイ:「今の仕事にやりがいを感じているか」「上司との関係は良好か」という3〜5問を月次で実施。スコアの急低下を察知する。

定期的な1on1:マネジャーが月に一度、「仕事の課題と感情面(やりがい・不満)」を聞く場を設ける。

キャリア面談:年に一度〜二度、直属上司ではなく人事担当者が社員と「キャリアの方向性・会社への期待」を話す場を設ける。直属上司には言いにくいことが人事には話せることがある。

離職リスクの「定期的なレビュー」:マネジャーと人事が定期的に「チームの中で離職リスクが高い人は誰か」を話し合う場を持つ。

動く:「気になる人材」へのアプローチを早める

離職リスクのシグナルを察知したら、「様子を見る」のではなく、早めに1on1や面談の機会を作ることが重要です。

「最近どうですか?何か気になることがあれば話しましょう」というシンプルな声かけが、「この会社は自分のことを気にかけてくれている」という感覚につながり、離職の歯止めになることがあります。

「遠回りに見えても、しつこく関わり続けることが近道」——定期的な1on1の実施が、最も効果的な離職意向の早期発見・対応の手段の一つです。

振り返る:離職者の「最初のシグナル」を振り返る

退職が決まった後に「振り返り」として、「最初に離職意向の兆候が出ていたのはいつか」を確認してみましょう。

「3ヶ月前のサーベイスコアが低かった」「半年前の1on1で違和感があった」という振り返りが、「次の離職リスクをいつ察知すべきか」の学習になります。


明日からできる3つのこと

1. 「離職の兆候リスト」を作る(30分)

過去の退職者を思い返して、「辞める前に、どんな変化があったか」を3〜5点書き出してみましょう。この振り返りが、「次の兆候をより早く察知する」感度につながります。

着手ポイント:「振り返って気づいたら早く関われていた」というシグナルを優先してリスト化してください。

2. 「最近元気がない気がする」メンバーに声をかける(今日)

今の組織の中で「最近なんとなく元気がない気がする」メンバーはいませんか?「最近どう?」という一言を今日かけてみましょう。この小さな一歩が、早期発見の実践の始まりです。

着手ポイント:「正式な面談」の形でなくても、廊下での一言でも十分なきっかけになります。

3. マネジャーに「チームで気になる人はいるか」を聞く(15分)

主要なマネジャーに「最近チームで少し気になる人はいますか?」という問いを投げかけてみましょう。マネジャーが「実は……」と言いたそうにしているなら、そこから掘り下げる対話をしてみましょう。

着手ポイント:「報告させる」のではなく「一緒に考える」スタンスで聞くことが、マネジャーから本音を引き出します。


まとめ

「突然辞める」ように見えても、本当はずっと前から兆候がありました。早期発見の鍵は、「日常の観察」と「対話の場の設計」です。

「人事の仕事の質の7-8割は"知る"の質で決まる」——離職予防でも、「社員の今の状態を知ること」が最も重要です。まず「気になる一人」に声をかけることから始めてみてください。


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吉田洋介

人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』

リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。

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