リテンション施策で「辞めさせない」だけを目指すと本質を見失う
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リテンション施策で「辞めさせない」だけを目指すと本質を見失う

#1on1#エンゲージメント#組織開発#キャリア#離職防止

リテンション施策で「辞めさせない」だけを目指すと本質を見失う

「離職率が高くて困っている」という相談を受けるとき、「何か引き止める施策を打ちたい」という発想で動き始めることがあります。でも、「辞めさせない」を目的にした施策は、多くの場合根本的な解決にならないと思っています。

リテンション(Retention:定着)施策の本質は、「社員が自分の意志でここに居たいと思える環境を作ること」です。「引き止める」ことではなく、「ここにいる価値がある」と思える状態を作ることです。

「辞めたいが引き止められている」状態は、短期的な数字(離職率)は改善できても、エンゲージメントや生産性は下がり続けます。本当のリテンションは、「この組織に居続けることが自分にとって意味がある」という状態から生まれます。

この記事では、リテンション施策の本質と、人事がどう設計するかをお伝えします。


なぜリテンション施策は機能しないことがあるのか

「辞める原因」を把握せずに施策を打つ

「離職率が上がっている → 何か施策を打たなければ」という流れで動くと、「原因のわからない症状に薬を処方する」状態になります。

ある企業では、「給与水準が原因で離職率が上がっている」と分析して報酬改定を実施したところ、離職率の改善はわずかだった。調べてみると、実際の主な離職原因は「マネジャーとの関係性」だったという例があります。

「なぜ辞めているのか」を正確に把握することが、効果的なリテンション施策の前提です。

「辞める人に効く施策」と「辞めない人への施策」が混在する

リテンション施策には2種類あります。「離職リスクのある人を引き止める施策」と「長期的に定着を促す組織づくり」です。

前者は緊急性はありますが効果が一時的で、後者は時間がかかるが持続的な効果があります。「今の離職を止めること」に集中すると、「長期的な定着を生む組織づくり」が後回しになることがあります。

「辞める兆候」への対処が遅い

多くの場合、「辞める決意」はある日突然生まれるのではなく、長い期間かけて高まっていきます。不満が蓄積し、転職サイトに登録し、エージェントに相談し、オファーを受けて「やっぱり転職します」という流れが多い。

このプロセスの初期段階で察知・介入できれば、リテンションの可能性は高い。でも、転職エージェントからオファーを受けた段階での引き止めは、すでに「遅すぎる」ことが多いです。


よくある失敗パターン

失敗①:「辞める人」だけに特別待遇する

「辞めると言ってきた人には給与を上げる」という対応をしていると、「辞めると言わないと給与が上がらない」という学習が組織内に広まります。残った社員から「なぜ辞めると言った人だけ優遇されるのか」という不満が生まれます。

「辞めようとしている人への個別対応」よりも、「組織全体として定着を促す仕組みと文化」に投資することの方が重要です。

失敗②:「辞める理由」を「個人の問題」にする

退職面談で「家庭の事情で」「個人的なキャリアの方向性で」という言葉をそのまま受け取り、「個人の事情だからしかたない」と結論づけることがあります。

でも、多くの場合「家庭の事情」や「キャリアの方向性」の背後には、組織への不満や失望が隠れています。退職面談での「きれいな退職理由」を鵜呑みにするのではなく、「本当の理由は何か」を掘り下げることが重要です。

「退職面談では本音は出ない。退職後3ヶ月ほど経ってから聞くと話してくれる」——この知恵を実践しているプロの人事の話を聞いたことがあります。

失敗③:「全員を引き止めようとする」

すべての離職をリテンション施策で防ごうとすることは、必ずしも正しくありません。「この人が辞めることで、組織に新しい人が入る機会になる」「この人のキャリアを考えると、転職した方が本人のためになる」という判断が正しい場合もあります。

リテンションの対象は「この組織で活躍し続けてほしい人材」を優先することが重要です。「全員を引き止める」ではなく「引き止めるべき人材を引き止める」という視点を持つことが、リテンション施策のリソース配分を最適化します。


プロの人事はこう考える

知る:離職の「真の原因」を継続的に把握する

リテンション施策を設計するには、「なぜ人が辞めているのか」を正確に把握することが先です。

離職原因の把握方法: ・退職面談での本音引き出し(ただし、退職前は本音が出にくいことを認識) ・退職後のフォローアップインタビュー(3〜6ヶ月後) ・エンゲージメントサーベイの離職意向設問(「今後12ヶ月以内に転職を考えているか」) ・在籍社員への定期的な「現在の不満・不安」のヒアリング

これらを組み合わせることで、「うちの組織を離れる人に共通する理由」が見えてきます。この分析が、効果的なリテンション施策の設計を可能にします。

考える:「定着する理由」を増やす設計

リテンション施策は「辞める理由を減らす」だけでなく、「ここに居続ける理由を増やす」という方向性も重要です。

「ここに居続ける理由」に影響する要素: ・仕事の意味・やりがい(自分の仕事に意義を感じるか) ・成長実感(スキルが伸びていると感じるか) ・人間関係(信頼できる上司・仲間がいるか) ・キャリアの見通し(将来のキャリアパスが見えるか) ・働き方の柔軟性(ライフスタイルに合わせた働き方ができるか)

これらの要素を設計することが、「長期的な定着」を生む組織づくりです。報酬は重要ですが、これらの要素が十分でないと、報酬を上げても定着には限界があります。

動く:「離職リスクの高い人材」を早期に特定する

定期的なサーベイや1on1のデータから「離職リスクの高い人材」を早めに特定し、個別のフォローアップを行うことが効果的なリテンション施策です。

離職リスクのシグナル: ・エンゲージメントスコアの急低下 ・1on1での発言量・質の変化 ・業務への関与度の低下 ・同期・同僚の退職が続いている

これらのシグナルを察知したら、すぐに1on1や面談の機会を作り、「どんな状況か」「どんなことを考えているか」を聞く。この早期介入が、離職決断の前に関係を建て直す機会になります。

振り返る:リテンション施策の効果を測る

リテンション施策の効果は、「離職率の変化」だけでなく「活躍人材の定着率」で測ることが重要です。

「全体の離職率は改善したが、活躍人材の離職率は変わっていない」という場合、本当に大切な人材を引き止めることには成功していない可能性があります。「誰の定着率が改善したか」を確認することが重要です。


明日からできる3つのこと

1. 直近1年の退職者の「共通点」を探す(30分)

直近1年で退職した方のリストを作り、「どんな人が辞めているか(年次・部署・役職・入社経路)」のパターンを探してみましょう。パターンが見えると、問題の所在が見えてきます。

着手ポイント:「特定の部署・特定のマネジャーのチームからの退職が多い」というパターンが見えると、優先介入領域が特定できます。

2. エンゲージメントサーベイに「転職意向」の設問を入れる(次の実施から)

「今後12ヶ月以内に転職を考えていますか?」という設問を次回のサーベイに加えましょう。この設問への回答が「離職リスクの先行指標」になります。

着手ポイント:既にサーベイに含まれている場合は、その設問の過去推移を確認してみましょう。

3. 「ここに居続けたい理由」を社員3人に聞く(30分)

現在在籍している社員に「なぜ今の会社に居続けているのですか?」と聞いてみましょう。その答えが、自社の「残ってもらえる理由」の現実です。その強みを伸ばすことがリテンションの核心です。

着手ポイント:「居続けたい理由」を知ることは、「辞める理由」を知るのと同様に重要です。


まとめ

リテンション施策の本質は「辞めさせない」ではなく、「ここに居続けることが自分にとって意味がある」と感じられる状態を作ることです。そのためには、「なぜ辞めるのか」を把握し、「なぜ居続けるのか」を強化する設計が必要です。

「誰も犠牲にならない組織を当たり前に」——人が自分の意志でここに居たいと思える組織を作ることが、真のリテンションの姿だと思っています。


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吉田洋介

人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』

リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。

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