
従業員体験(EX)を設計することが、採用から定着までを変える
目次
- なぜ従業員体験(EX)が注目されているのか
- 採用競争の激化で「入社後の体験」が差別化要素に
- 「社員が良い体験をする → 顧客に良い体験を提供する」という連鎖
- 求職者・在籍者による「口コミ」の影響
- よくある失敗パターン
- 失敗①:「入社前」と「入社後」の体験に乖離がある
- 失敗②:オンボーディングが「事務手続き」だけ
- 失敗③:キャリアの転換点でのサポートがない
- プロの人事はこう考える
- 知る:「従業員のジャーニーマップ」を作る
- 考える:最も重要な「瞬間」に注目する
- 動く:まず「オンボーディングの3ヶ月」を設計する
- 振り返る:定期的にEXのデータを収集する
- 明日からできる3つのこと
- 1. 「入社後3ヶ月で感じたこと」を在籍社員3人に聞く(60分)
- 2. 次の入社者に「入社前不安」を聞いてみる(15分)
- 3. 「入社初日」の設計を見直す(30分)
- まとめ
従業員体験(EX)を設計することが、採用から定着までを変える
「なぜ優秀な人が入社後すぐに辞めてしまうのか」——採用に成功したはずなのに、入社後半年で「期待とは違った」という理由で退職される。こういう経験を持つ人事担当者は少なくないと思います。
採用の候補者体験(CX)は改善できても、「入社後の従業員体験(EX:Employee Experience)」がおろそかになっていることがあります。EXとは、社員が入社から退職まで、あるいはそれ以降も含めたすべての場面で会社に対して持つ「体験・感情・記憶の総体」です。
EXを設計することは、「社員がどんな体験をするかを偶発的に任せるのではなく、意図的に設計する」ことです。採用から入社前フォロー、オンボーディング、配属後の成長支援、キャリアの転換点、そして退職に至るまで——社員のライフサイクルのすべてのタッチポイントを、組織として設計する発想です。
この記事では、EX設計の考え方と、人事がどう取り組むかをお伝えします。
なぜ従業員体験(EX)が注目されているのか
採用競争の激化で「入社後の体験」が差別化要素に
採用市場が「売り手市場」になっている現状では、「入社前の魅力づけ(採用ブランディング)」だけでなく、「入社後に実際どんな体験ができるか」が人材確保の鍵になっています。
「この会社に入ったら、どんな成長ができるか」「どんな人間関係の中で働けるか」「どんなキャリアが拓けるか」——入社後の体験が「採用時の約束通りか」どうかが、定着率に直結します。
「社員が良い体験をする → 顧客に良い体験を提供する」という連鎖
従業員体験と顧客体験には深い相関があるとされています。社員が会社・仕事・チームに対してポジティブな体験を持っていると、顧客への対応にも自然にそれが反映されます。
特にサービス業・顧客接点が多い職種では、「従業員が誇りを持って働いている組織」と「従業員が消耗している組織」では、顧客への影響が如実に表れます。
求職者・在籍者による「口コミ」の影響
SNSや転職サービスのレビュー機能の普及で、社員の「実際の体験」が外に出やすくなっています。「入社前に見ていたキャリアサイトの情報と全然違った」という声が外に出ると、採用ブランドを損なうリスクがあります。
EXを設計することは、「内部と外部のメッセージの一致」を作ることでもあります。
よくある失敗パターン
失敗①:「入社前」と「入社後」の体験に乖離がある
採用過程での「当社はこんな素晴らしい会社です」というメッセージと、入社後の実態が大きく異なるケースがあります。いわゆる「リアリティショック」です。
採用で誇張した情報を伝えることは、短期的には採用数を増やせても、長期的には早期離職を招きます。採用過程で「良い面だけ」を見せるのではなく、リアルな仕事の課題・組織の実態も共有することが、EX設計の誠実さです。
失敗②:オンボーディングが「事務手続き」だけ
入社初日・初週のオンボーディングが「書類の書き方」「システムのセットアップ」「社内ルールの説明」だけで終わっていることがあります。
オンボーディングの目的は「組織への適応を支援し、早期に成功体験を持ってもらうこと」です。「人間関係をどう構築するか」「仕事の意義をどう感じてもらうか」「最初の成功体験をどう設計するか」——こうした体験設計がオンボーディングに欠かせません。
失敗③:キャリアの転換点でのサポートがない
昇進・異動・役割変更といった「キャリアの転換点」は、社員が最もサポートを必要とする場面でもあります。でもこの場面でのサポートが仕組みとして設計されていないことが多い。
管理職への昇進時・産休復帰時・異動後の新環境への適応——こうした転換点を「人事が知り、サポートする仕組み」を持つことが、EX設計の重要な要素です。
プロの人事はこう考える
知る:「従業員のジャーニーマップ」を作る
EX設計の出発点は、「社員が入社から退職・それ以降まで、どんな体験をするか」を時系列で可視化することです。これを「従業員ジャーニーマップ」と呼ぶこともあります。
・採用過程での体験(候補者体験) ・入社前の体験(内定から入社まで) ・オンボーディング(入社初日〜最初の3ヶ月) ・業務への定着(最初の1年) ・成長・キャリアの展開(2〜5年) ・転換点(昇進・異動・ライフイベント) ・退職・アルムナイ(卒業後)
各段階での「社員が何を感じ、何を必要とし、何が不安か」を把握することで、「どのタッチポイントに投資すべきか」が見えてきます。
「人事の仕事の質の7-8割は"知る"の質で決まる」——社員の体験を知ることが、EX設計の質を決めます。
考える:最も重要な「瞬間」に注目する
従業員ジャーニーの全体を一度に改善しようとすると大変です。「最も社員の体験に影響を与える重要な瞬間(Moments that Matter)」を特定して、そこから始めることが有効です。
一般的に影響が大きいとされる瞬間: ・入社初日(第一印象は強い) ・最初の1on1(上司との関係の起点) ・最初の困難な状況(ここでのサポートが定着を決める) ・昇進・昇格の通知 ・キャリアについての真剣な対話の機会
これらの「重要な瞬間」を意図的に設計することが、EX全体を変えていきます。
動く:まず「オンボーディングの3ヶ月」を設計する
EX設計の最初の取り組みとして、「入社後最初の3ヶ月のオンボーディング設計の見直し」を強くおすすめしています。
最初の3ヶ月は「定着するかどうか」が決まる最も重要な時期です。この時期の体験を丁寧に設計することが、離職防止に直接効きます。
「入社1週間・1ヶ月・3ヶ月で、それぞれどんな体験をしていてほしいか」「誰がどんなサポートをするか」を明確にすることが、オンボーディング設計の第一歩です。
振り返る:定期的にEXのデータを収集する
入社後30日・90日・180日・1年という節目で、「仕事・職場への適応状況」「期待との乖離はないか」「困っていることはないか」をシンプルなサーベイや1on1で確認する仕組みを持つことが重要です。
この定期的な確認が、「離職の予兆を早期に察知する」先行指標になります。
明日からできる3つのこと
1. 「入社後3ヶ月で感じたこと」を在籍社員3人に聞く(60分)
現在在籍している社員に「入社して最初の3ヶ月、どんなことが大変でしたか?」と聞いてみましょう。その答えが、現在のオンボーディングの改善点を教えてくれます。
着手ポイント:「最初にしてほしかったこと」「逆にしなくてよかったこと」の両方を聞くと、改善と継続のヒントが得られます。
2. 次の入社者に「入社前不安」を聞いてみる(15分)
内定承諾後の入社前フォローアップで「今不安に思っていることはありますか?」と聞いてみましょう。入社前の不安を把握することで、「入社前からできるフォロー」が設計できます。
着手ポイント:「心配しなくて大丈夫ですよ」ではなく、「不安を聞かせてください、対処できることは準備します」というスタンスが重要です。
3. 「入社初日」の設計を見直す(30分)
次に入社する方の「入社初日のスケジュール」を見てみましょう。「書類手続きばかりで終わる一日」になっていませんか?「この人はどんな気持ちで初日を過ごすか」を想像して、一つだけ改善してみましょう。
着手ポイント:「上司やチームのメンバーとの最初の対話の機会」を初日に設計するだけで、体験が大きく変わります。
まとめ
従業員体験(EX)の設計は、「採用から定着」まで一貫した社員との関係づくりの設計です。入社後の体験が採用時の約束と一致しているか、オンボーディングが機能しているか、キャリアの転換点でサポートがあるか——これらが揃うことで、採用した人材が活躍し続ける環境が生まれます。
「誰も犠牲にならない組織を当たり前に」という考え方のもと、EX設計は人事の最も重要な使命の一つだと思っています。まず「社員が入社後にどんな体験をしているか」を知ることから始めてみてください。
従業員体験の設計と組織開発を学びたい方へ
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吉田洋介
人事図書館 代表 / 著書『「人事のプロ」はこう動く』
リクルートマネジメントソリューションズで14年間・500社以上の組織人事コンサルティングに従事。 上海駐在を経て2021年に独立。2024年に人事図書館を設立(会員740名超)。 「すべての組織に人事のプロを」を理念に、経営と現場をつなぐ人事の実践知を発信している。
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